2019年02月15日

柴田淳コンサート 月夜パーティーvol.5 大阪公演。

72AF7D8C-85A8-4145-83CC-CB61D9E266FB.jpeg 昨日は、彼女とバレンタインコンサートに行ってきた。
 行くのはこれで二回目で、以前はあまり迷わなかったのに、思ったより、オリックス劇場を探すのに手間がかかり、開演30分前にようやく着いた。
 いつもは一人で聴くしばじゅんライブ、今日は右隣に彼女が座っていた。BGMには、おあつらえ向きの「不釣り合い」がかかっている。「♪好きになった人の幸せ願える私にあなたがしてくれたあなたが教えてくれた本当の愛を」。
 出始めは、バックバンドの音が大きすぎて馴染んでいない感覚があったが、曲が進むにつれて次第にそれがなくなっていった。
 一曲目は、ニューアルバムそのものの「multiverse」。いきなり、大迫力のパノラマワールドに引き込まれる。
 「おかえりなさい。」と懐かしい調べが奏でられたあと、「あなたが泣いてしまう時には」「人間レプリカ」と「ブライニクル」の二曲が続き、そのあと中期の名曲「メロディ」と割合最近の「ノマド」と熱唱する淳ちゃんは、とても輝いていて、今前に現にスターがいるのだ、という感覚を、したたかに感じさせた。このあと、衣装替えに淳ちゃんが下がる間に、インストルメンタルで、なぜか、ビートルズのノルウェーの森が掛かった。嫌が応にも、この曲は「村上春樹」を想起させるが、それは僕が自意識過剰だからにほかならない。
 そのあと、横浜パシフィコの熱唱を思い起こさせる「哀れな女たち」のあと、「私は幸せ」から「いくじなし」が続き、古い曲として、「HIROMI」「月光浴」が熱唱され、そのあと、しばじゅんが、もうそろそろ終わりだと告げて、惜しまれながら、「桜日和」が掛かった。この曲は、MCで淳ちゃんが述べたように、愛犬ビビアンに捧げた曲であった。以前、ビビアンとカズというダルメシアンを飼っていたのだが、そのビビの追悼の一曲なのである。しかし、愛しい誰かを思い浮かべて、聴いてくださいと、彼女は言った。
 僕は、「不釣り合い」が掛かったら、リング交換をしようと思っていたが、最後まで掛からず焦り、ここで慌てて交換した。まあ、「桜日和」は、僕の中でもかなり好きな曲だったし、春の雰囲気に満ちているので良かったのかなとも思えた。
 そして最後に、「マナー」で締め。素晴らしいコンサートだった。
 アンコールの幕間に、淳ちゃんの運転しーんの映像が、「あなたが泣いてしまう時は」をBGMに流され、そのあと軽装の淳ちゃんがでてきた。アンコールアカペラコーナーのあと、アンコールに三曲。
 「嘆きの丘」「雨」「車窓」。
 最近の曲が中心だったが、アカペラでは、「僕の味方」も歌ってくれて、最高のバレンタインプレゼントだった。
 僕と彼女も、ホワイトデーに心ばかりのプレゼントをしようと思った。
posted by Pearsword at 09:18| 富山 ☁| Comment(1) | 柴田淳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月04日

もの書き精神。

 今日、クローズアップ現代で、三島由紀夫と川端康成のノーベル文学賞争いと相次ぐ自殺について、放送するらしい。大体の話は噂に聞いて知っているが、「栄光は人を焼き殺す」という町田康さんのいう「ホサナ」の警句は、あながちそのようなところから来ているのかもしれない。
 賞って、なんやろか? と時々思う。一部の選考委員に認められて、大衆に注目を浴びて、時の人になって有名になって、自分には才能があると自惚れるとかなんとか、あまりいいイメージはない。しかし、これを取らないと、「小説家」になれない。誰も読んで呉れない。洞窟の中に、いくら荘厳な美しい絵画を描いても、見る人がいなければ、その宝は誰にも知られることがなく、誰にも感動を与えずに、そのまま朽ち果てていく。
 しかし、最近はもの書き業界も恵まれている。昭和初期の小説家志望者は、賞に出すときに作品を原稿用紙に書いていたし、コピー機もなかっただろうから、その原稿を出版社に出しっ放しの状態に成るため、ほぼ自分の著作物を諦めねばならなかった。昭和から平成になって、事務機器もOAが普及してきて、自分の原稿をデジタルデータとして、手元に保存したり簡単にコピー出来るようになった。推敲や校正も、昭和初期とは比べものにならないくらい、容易に出来るようになり、そのデジタルデータがあれば、簡単に自費出版することができる時代になってきた。
 現代の小説家は恵まれている。僕も恵まれているうちだが、安価で自作小説を自費印刷して、文学フリマやネット通販で販売することが出来るのである。
 だから、というわけでもないのだが、栄光に焼き殺される前に、まず自分の「芸術家魂」を確立させておく必要がある。それは、きっと受賞目当てでは決して得られぬ、アグレッシブで反骨的なバイタリティ溢れる独自性を持った個性的信念であろう。誰がどう言おうと、僕はこうだ、という何ものか。それがなければ、簡単に栄光に焼かれてしまうだろう。
 僕は、平和を好み脱原発派でもあり反戦主義でもあるので、明らかに現政府に対する反対派である。しかし、「左派」というような派閥には括って欲しくない。当り前に考えて、原発などの現場労働者の人権を無視した殺戮施設は即撤去すべきだし、実際に焼け野原を見たわけではないが、たとえば丸木俊さんの描かれる戦地の地獄絵などを見るに付けて、戦争などと言うことはどんな理由があったにしても、決して行ってはいけないことだと思っている。その姿勢で描いた小説が、古くさいとか言って民衆に受け入れられなくても、僕は平和な小説を書き続けるだろう。
 尊敬する柴崎友香さんの小説には、残酷な描写がはっきり言って欠落している。どの登場人物もすべて、やさしい人達だ。だから、柴崎さんの小説世界は美しいし、僕が入れ込んでいる理由の一つである。しかし、「千の扉」も「パノララ」も何の賞も取れないなんて、やはり文壇や読み手としての大衆はどうかしていて、あれだけの芸術性の高い小説は、日本人の誇りと思ってもいいと僕は感じている。ようやく、「群像新人賞」の選考委員の一人にお成りになったが、「春の庭」が芥川賞なら、「千の扉」は三島由紀夫賞くらいとっても良いのではないだろうか? 「パノララ」は、少なくとも僕の知っている村上春樹より、素晴らしい作品だ。それを差し置いて、村上春樹がノーベル文学賞候補になるのは、おかしい。
 というふうに、僕は思うのだが、賞を取らなくても、一部の理解者にとても感動を与えられる作品こそが、本物なのではないだろうか? 確かに「百年の孤独」は凄まじい作品だ。しかし、ノーベル賞全てが素晴らしい作品かと言えばそうでもなかろう。何が面白くてボブ・デュランがノーベル賞取らなければならないのか? 
 そういうときに、僕はやはり、岡本太郎さんの言葉を色々思い出してしまう。才能なんてない方が良い、自分らしく生き生きといきることが芸術だ、上手くあってはならない、綺麗であってはならない……。良く判らないけど、芸術には「こころ」が大切だと僕は結論づけた。「こころ」が正しくあるいは慈愛に満ちていれば、あとは評価が付こうが付くまいが、捧げた相手に喜んで貰えたらそれで充分じゃないか。自分の手作りの小説を、好きな人達に捧げる、それだけで即喜びではあるまいか。それ以上、何を望むのか?
 藍崎万里子さんに捧げた「癲狂恋歌」や柴田淳さんに捧げる執筆中の「ウラーメロディエス」、それらを贈り届けられるだけで、創作者冥利に尽きるのではないか、そのように僕は思うのである。
 ピカソ先師も、一枚の名画を描くより、その人がどのような人生を生きるかと言うことの方が、何倍も重要だ、というようなことを仰っている。こころが正しくないと、何を創作しても駄目なのである。
posted by Pearsword at 17:50| 富山 ☔| Comment(2) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月02日

「パノララ」柴崎友香著。

 僕は、わりあい単純な方で、一人の作家が好きになるとその人の作品は大体好きだと思えてしまうところがあるが、それを加味してすら「パノララ」には度肝を抜かれた。はっきり言って、いままでこんなに素晴らしい作品を読んだことがなかったのではないか、というくらい素晴らしかった。
 「パノララ」は造語で、作中、主人公田中真紀子の上司の林さんの先輩で、俳優かつ映画監督の吉永隼人の息子の青空くんが、「パノラマ」を舌足らずで言ったことばだが、実は真紀子の持っていたパノラマ写真は、普通の写真機の性能上、現実そのものを写し出せなかったのだ。つまり、時間がずれてカメラをパンして取られる合成写真のため、風景が止まっているならともかく、現実の風景は刻々と変わり行くため、現実ではない「パノラマ」じみた写真がとれるのである。だから、この写真は、青空くんの言うように、「パノララ」なのだ。さらに突っ込めば、この不確かさは、現実そのものにまで敷衍されるものであり、著者の腕により、単純な因果応報的な運命論世界が否定され、SF的パラレルワールドが開かれていく。しかし、この作品がSFに堕さないのは、パラレルワールドをリアリティ豊かに描いているからであり、それはカオス理論に裏付けされた微妙なズレが人生を変えるといったふうな理屈を想起させる、宇宙論的深みを感じさせるストーリーだからに他ならない。
 真紀子は友達のイチローの実家の木村家に間借りするのだが、そこの三兄弟の末娘の絵波が、映画を撮りたいが為に、吉永隼人の映画作り集団のところに、初めは父親であることを疑って、真紀子と共に行く。木村夫妻の妻は、女優の志乃田みすずで、若いときに吉永隼人と共演していて、そのころに今の夫の将春のところから家出して、絵波を産んで木村家に帰ってきた経緯があるのだ。
 しかし、その映画作り集団は、吉永隼人を教祖としたカルト集団的になっていて、有名人の志乃田みすずの娘の絵波をよく思わない者もいた。それなのに、絵波の作った映画が吉永隼人に評価されて映画祭に出品されることになったため、カルト集団の中の大学生ヤマモトが、絵波を付け狙ってきて、駅のホームで殺傷してしまう。その一日を、真紀子は、多元宇宙の渦に巻き込まれたかの如く、ほんの少しだけズレた昨日の今日として、何日も何日も繰り返して味わう。次の日起きても昨日の朝からスタートというわけだ。しかも、身体は自由に動かず、そうやってはいけないと思っても思いだけで、身体は昨日と同じように動いてしまうのだ。
 その地獄のようなパラレルワールドの渦から、イチローの姉の文さんが救い出すわけだが、結局、飼い亀が二匹になっていたり、O線が地下鉄になっていなかったり、少し異なる世界に戻されることになる。そのためとパラレルワールドの渦体験の精神的影響のためか、真紀子は、大阪の実家の両親の束縛から逃れて、自分の道を歩くことを宣言出来るようになったと、解釈出来る。
 運命論的なのは、パラレルワールドから救った文さんが、真紀子の東京での自立つまり木村家での独り暮らしの継続を助けたが為か、金沢に移り住むことになったことである。木村家に同時に住むことが出来る人数は、運命的に決まっているのかもしれない。そのためか、妻のみすずもあまり家にいないのだ。みすずが帰ってくる予兆として、絵波がイギリスに行きたいと言っているのは、注目すべき点であろうか。
 この作品の素晴らしさは、地の文の描き出す小説世界の美しさだけではなく、それに加味された、後半急展開するパラレルワールドの渦に真紀子が巻き込まれて、そこから出ようと絵波を救おうと、必死にあがく切迫感であろうか。ただの小説世界の美しさだけなら、他の柴崎作品にも多くあるが、「パノララ」はプラスアルファが付いている。ノーベル財団を「パノララ」のようにズラせたら、文学賞はもっと画期的作品が選ばれるだろうに、ということを思わせる、激越な衝撃を受けた逸品であった。
 

 
posted by Pearsword at 20:51| 富山 ☀| Comment(0) | 文藝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月30日

アマゾンPODペーパーバック無料贈呈キャンペーン!!

 ただより怖いものはないとは言うが、僕は売れない小説家なので、あまり怖くないので御安心ください。
 僕は、皆さん御存知のように、アマゾンサイトで、ペーパーバックを販売しております。しかし、無冠で不才な下手の横好き小説家の作品を、わざわざお金を出してまで買って読もうという御奇特な方は、今のところ一年に一人二人いて戴けるくらいで、本当にその方々には足を向けて眠れないくらいなのだが、しかし、せっかくならもう少し売り上げを伸ばしたいという、浅ましき商売人根性を剥き出しにして、販促キャンペーンを立ち上げることにしたのだった。
 それというのも、僕のアマゾン書籍を、キンドル版かペーパーバックいずれか御希望の方を無料進呈するので、その方に善意に従って、アマゾンレビューを書いて戴くという企画である。企画の性質上、僕にいずれにせよ、最低、住所と電話番号という個人情報を提出して戴かなくては成らないので、あまり僕を知らない人は信用問題もあって抵抗があるだろうが、アマゾンから直送するときにどうしても住所と電話番号が必要なので、仕方ないのである。どうしても教えたくないけど書きたい方など(そんな珍しい方もいないと思うが)は、職場の情報でもいいかもしれない。
 先に、無料でアマゾンペーパーバックをお届けするので、アマゾンレビューはそのあと読んで戴いてから、あくまで読者の善意に従って、書き込んで戴くと言うことになる。つまり、書かなくても僕の投資が失敗するだけで、読者には何の損害も生じないのだ。
 なので、もし僕の小説を読んでみたいという方は、嘘でもアマゾンレビュー書きますと言って、住所と電話番号を送れば、僕はその本を郵送するという、まるで人の良い企画なのである。
 まあ、僕はそんなに自分の本が人気があるとは思っていないので、こんなことをブログに書いても、人っ子一人問い合わせしてくれる人はいないと踏んでいる。だからこそ、ここに堂々とこんな企画を書けるのである。しかし、別に冗談では無い。本気である。
 とりあえずは、サイドバーにもあるが、僕のアマゾンPODペーパーバックを以下のリンクから見て戴きたい。
 https://www.amazon.co.jp/-/e/B00J5U8WPQ
 もし、企画に応じるという御奇特な方がおられたら、住所氏名電話番号を明記の上、こちらのメルアドまで御連絡戴きたい。
 これで、少しは販売促進に繋がってくれたら良いのだが、まあ、ありえんことだ……。
 ちなみに、いままで鍵の掛かっていた「文芸」カテゴリを、公開して「文藝」カテゴリとした。公開を止めていたもと同人メンバーがかなり繋がりの薄い関係になったため、僕が炎上しても彼に迷惑は掛かるまいとの判断で、そのようにした。まあ、止めていた方はかなり神経質だったから、僕のような無名のだら相手に火を付ける阿呆もいないと思うものだが、一応、そういう彼を今まで立てていた。現在は、ほぼ繋がりが無いので、飛び火はすることは無かろうと考えられるのだ。
 とまあ、とりとめのない文章ではありますが……。
 
posted by Pearsword at 20:20| 富山 | Comment(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月19日

素人の作品の面白さについて。

 第十九回文学フリマ東京に出るまでは、小説家になろうなどでネット小説を拾い読みする程度だったが、文フリに出てネギを背負ったカモのような僕は、当然いくつもの本を購入するわけだったが、購入して読んでみて、これは凄い!! と感銘を受けた作品に出逢ったことは、今振り返ってみるとはっきり言って全くない。
 山川夜高さんの「入り江にて」は、土左衛門の死体とともに生活するという、とても珍奇なアイデアが面白かったが、彼女の小説もその他ネットなどで読むに付けて、確かに美大卒だけのことはあって、情景描写はうまいけど、あまり一つの芸術作品として、感銘を受けるとかいった、鋭い煌めきが感じられなかった。
 唐橋史さんの「さんた・るちやによる十三秒の福音」は、これがまた、すごく反宗教的で残酷で、「信仰」への憎悪すら感じさせる凄まじい作品なのだが、文体が少し硬くて、読む人を選ぶだろう。確かに、アイデアやクライマックスの処刑シーンは、劇的で見事だが、やはり平和主義の僕の性質には合わなかった。
 上住断靭さんの「忍地謡」は、複数で一人の忍者を務めているというアイデアは面白いのだが、やはり戦国時代の歴史小説があまり好きでない所為もあってか、僕の琴線に響くものが、今ひとつ欠けていた。
 merongreeさんの「浮舟」は、文体はスマートだし、プロットも結構面白いのに、最後はSFかよと落胆させられたので、作者に問い合わせたら、merongreeさんは、はじめにラストを思い付いて、それを書きたいからストーリーを付け足したというようなことを仰っていた。
 その他、いろいろ読んでみたが、どうも一般的に言って、やはり素人作品は、優れたプロの作品よりも劣っている、と結論するようになった。星新一さんは、生前何かのエッセイで書いてらっしゃったけど「小説は名前だ」などと嘯いていらっしゃった。しかし、それは星さんが、類い希なる才能をお持ちだったから、こともなげに零せた言葉であって、僕のような不才の輩が言うと、ただの負け惜しみにしかならないのだ。
 ということは、なんの受賞もしていない僕の作品も、やはり他人から見たら少しも面白くない作品に違いなくて、面白がっているのは自分一人という自己満足甚だしい事態になっているのだろうが、やはりそれでは、小説家をやっている甲斐が無くて、何としてでも、世に認められる、理解者に感銘を与えられる作品を書かねばならないのである。
 確かに、プロの作品の受賞作でも、誰の作品とは言わないが、Y・Sの芥川受賞作とか、H・Kの直木賞受賞作とか、凡庸に感じられる作品もごろごろ転がっている。しかし、僕がこころから感銘を受けた作品は、ドストエフスキーの「白痴」だったり、井上靖の「天平の甍」だったり、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」であったり、安部公房の「壁」であったり、最近の作家であれば、鹿島田真希の「レギオンの花嫁」だったり、柴崎友香の「千の扉」だったりするのだ。素人の作品で、こころから感動して、しばらくその世界を忘れられないと言うほどの影響を受けたものは、はっきり言ってお目に掛かったことがない。
 そういう意味でも、やはりこの世の中は実力のあるものがしかるべくして世に出るようになってるに違いなくて、面白い作品を書くのに読者が付かないことは、はっきり言ってありえない。
 なので、僕も読者の付くような優れた作品を産み出すよう、努力せねばならないと、改めて感じたのだった。
 
posted by Pearsword at 19:19| 富山 ☁| Comment(2) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月16日

第160回芥川賞、予想大当たり!!

 少し前に、冗談半分でツイッターに芥川賞予想を書いていた。
 https://twitter.com/Pearsword/status/1082633286298419202
 我ながら大当たりであった。別に個々の作品を読んだわけではないのだが、町屋良平さんの「しき」がかなり評判が高かったことと、文藝賞受賞者であったことから、一番来そうだなと予測した。なんだかんだ言って、文藝賞受賞者は多く芥川賞を受賞している。新潮新人賞と文学界新人賞と群像新人賞と文藝賞の受賞者のいずれかから、受賞したあとに書かれた作品が芥川賞を受賞することが多いようだが、その中でも文藝賞が一番、芥川賞から近い印象にあるのは、僕が河出書房新社贔屓だからだろうか。
 河出書房といえば、埴谷雄高氏著「虹と睡蓮」に書いてあるように、武田泰淳氏や椎名麟三氏など、売れない戦後文学作家を抱えて倒産したイメージがある(間違っていたならごめんなさい)。埴谷雄高氏著の「死霊」も僕の蔵書にはあるのだが、講談社から「死霊」第4章から第9章の二冊が出たのが、だいぶん後だったので、買ったはいいがその二冊はまだ読んでおらず、河出書房新社から出た「死霊」第1章から第3章までしか読んでなかったりするのだが、僕の河出書房新社好きは、J文学好きの影響にかてて加えて、埴谷雄高氏の所為もあるのであった。
 そういうこともあって、上掲四賞のなかで、僕が一番多く応募しているのが、文藝賞なのである。なにも文藝賞が取りやすそうだから出しているのではない。しかし、僕の彼女の藍崎万里子が、第55回文藝賞の第三次選考まで残ったのには、肝を潰した。けっこう、文藝賞、脈あるやないか、とか思ってしまった。それなのに、彼女は、今期は週間新潮好きの大好きなお祖母ちゃんのススメで、新潮新人賞に出すらしい。また、選考に残ってくれたら良いが、人の心配をしている場合では無くて、三度目の正直が成らなかった文藝賞に、今期も懲りずに出す僕は、彼女よりも受賞にずっと遠い存在なのだった。
 対抗の「ニムロッド」を選んだのは、学歴もあるが三島由紀夫賞受賞作家だし、ほかの候補者の来歴よりも、文学的作品を書きそうな気配が感じられたからとしかいいようがない。競馬と違って、サンデーサイレンスの血が強い(いつの時代や?)とか言えないし、学歴も確実なものがあるわけでもなく、馬で言えば幾つのGIIやGIを制覇してきたかとか言うデータが一番、推測に役立つのだ。
 両作品とも、期待外れはなさそうな気がして、前回の芥川賞は理解できなかったので、二作とも読んでみたい気がする。
 しかし、いくらテレビを見なくなったとは言え、そう幾つも幾つも本を読めるものではない。しかし、あまり甘いことも言っておられず、光陰虚しく過ごすこと無かれとか禅書にも言うし、やはり冊数ももう少し多く読むように努力せねばならないと思うものである。
 今は、「パノララ」を読んでいるが、その後には「源氏物語中巻」とか「優雅で感傷的な日本野球」とかが控えていて、なかなか上記二作を読めるかどうか判らない。まあ、賞を取ったから読むというのも、あまり文学的行動とは言えないところもあったりして、友達から「阪急電車」を借りているのを思い出して、ますますこんな雑記を書いている場合ではないと感じ、とりとめなくそそくさと書き終えることにする。
 
posted by Pearsword at 20:25| 富山 ☁| Comment(0) | 世事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月06日

ブログ書き初め。

2019-01-01 12.03.38.jpg 僕が生まれた昭和の半ばは、正月と言えば母親の実家に親戚中集まって、従兄弟達と遊ぶ横で父や叔父さんや祖父が酒を酌み交わしたり、母や叔母さんたちは百人一首のカルタ取りをしたりしたものだった。その束の間の歓楽が楽しみで、年末には電気の傘を吹いたり障子紙を破いて貼り替える手伝いをしたり、自分の部屋を整理したりして大掃除をしていた。当時はコンビニエンスストアなどと言うものは、まだアメリカにも無かっただろうし、スーパーマーケットすら珍しい存在で、八百屋や肉屋などで食材を母が買っていたのを覚えている。その頃は、もちろんレジ袋など無いから、母は持ち手付きの籐製の網籠を片手に掛けて、お使いに行ったものだ。
 その頃でも、絵本か歌かで伝説的な正月像としてあったのは、元旦は齣を廻したり凧を飛ばしたりして遊び、二日目には半紙に墨と筆で書き初めをし、三日は何をするのだったか早忘れたが、なんだかそういう典型的な伝統正月の過ごし方というものを、教えられていた。その通りに、ついぞ過ごしたことは無かったのだが、時代が変われば風俗も変わるもので、今時百人一首でカルタ取りをするファミリーは、どこを探してもいないだろう。私も、書き初めが二日ということだけは、なぜか覚えていて、一昨年は「受賞」の文字を筆で書いた。しかし、よく考えてみると、今時「書く」という作業は、ほぼワードプロセッサーで行っているのであって、それであれば「行く歳来る歳」を見て歳最後の一鐘を聞いたあとに、ラインか何かのSNSで書くのが、すでに「書き初め」になってしまっているのである。「書く」という行為が、デジタル化に伴って簡素化できるようになったため、平安時代に、香の薫る高級和紙に、雪のちらつく庭を濡れ縁越しに簾を通して見つつ、火鉢を抱えながら墨を擦って水に溶かして、あるいは正座して新年の新たな抱負を、鑓水の氷のように張り詰めたここちで書くのとは、わけが違うのである。
 三島由紀夫先師などは、噂に聞くに原稿用紙には万年筆で一字の書き間違えもなく一筆で書くのが小説家たるものだとかいう姿勢だったとかなんとか、少なくとも原稿用紙だったわけで、原稿用紙に下書きせずにぶっつけ本番で完成された小説を書くというのは、空海すら筆を誤るという諺に反する正確性だなあ、などと思うのだが、ようするにそれくらい緊張感を持って書くべきものだと、三島氏は言ったのだと思う。それなのに、文明の利器はそのような心地を保てなくするから、小説家の小粒化が生じたと言えなくもないのだが、不才の私ごときが言うべきことではなく、私はすでにワープロ依存症で、原稿用紙に書くと酷く疲労困憊するので、三島氏に見られたら、なっておらんと叱咤されるに違いない。
 ともかく、「書く」ということが最近は廉価化されすぎの嫌いがあるので、私も小説家の端くれとして、小説を書く時には、真剣な気持ちを保持しつつ書くように、つねにそういう姿勢を維持していこうと思うものである。私は、これまでも、手を抜いて小説を書いたことは一度たりとも無い。なので、その心地を忘れずに、文明の利器を最大限に活用して、執筆していきたく思うものである。

 いにしえの文章博士の筆こごちに負けぬ気迫をワープロに溜め

 −−短歌書初め一首。
posted by Pearsword at 20:51| 富山 ☁| Comment(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月31日

今年の個人的五大事件。

 毎年年の瀬になると、似たような記事を書いているが、今年も例の如く一年の振り返りをして、自分の中での重大事件を記しておくことにする。
 まず、第五位は、パソコンと車を買い換えたこと。二つとも多くの額を貯金の多い彼女が出してくれて、とてもありがたかった。パソコンは、旧機はフロンティアのFRSシリーズのDual Coreの2GBメモリの9年使ったものだったが、結局10年は使えなかった。10年目指していたが駄目だった。メモリ2GBは、すぐパソコンがフリーズしてしまって、マルチタスクに脆弱なので、今度はメモリ16GBのCPUi7のものを購入した。立ち上がりも何もかも処理速度が速くて、とても助かっている。
 自動車は、中古で車検込み10万で購入した平成15年式のワゴンRを10年落ちで買ったが、5年乗って限界を感じた。オルターネーターがいかれたので、リビルト品の部品で修理可能だと業者は言うが、そんな入れ込んでいる車でもないので、さっさと乗り換えた。65万出して、6年落ち走行35000kmのライフを買った。なかなか程度が良くてお気に入りになりつつある。
 次に、第四位は、文学フリマ東京で彼女が売り子してくれて、今までの最高売り上げ数29冊をたたき出したと言うことだろうか。たかか29冊というかもしれないが、文藝同人無刀会とすれば大変な躍進である。これには、彼女が第55回文藝賞の第三次選考に残ったという衝撃的事実がかなり響いているものと思われる。その通過作「Nという山奥」は、空華第九号に掲載の予定なので、第九号はもっと売り上げが上がると期待される。130枚弱なので、いままで空華に掲載した中では、分割掲載した「孤独な恋人」の次に長いので、第九号は少し分厚くなるが、それも喜ばしいことなのかもしれない。
 第三位は、黒瀬珂瀾氏主催の「海市歌会」に出席して、多くの文学関係者と知り合いになれたことだろうか。短歌など何も判らない僕だったが、下手くそな短歌を持っていっても、暖かく迎え入れて戴いた会の皆さんには感謝のかぎりです。確かに、短歌と小説は種類がかなり違うし、短歌を詠うことが小説の創作の役に立つ保証は何も無いが、それでも少なくとも日本語新発見になるし、語彙力も強まるし、マイナス要素は少ないように思われる。なので、今後も海市歌会には積極的に参加していきたく思っている。
 第二位は、彼女と年間一ヶ月の間、生活を共にしたことだろうか。想い合っていても、遠距離の精神障碍者同士の恋愛だけに、なかなか実りにくい。それでも、去年よりは確実に絆が深まった。彼女のことを深く理解できるようになったし、彼女も僕のことをよく理解してくれるようになった。なんとか来年辺りに、結婚できれば良いのだが、この歳で駆け落ちも出来ないだろうし、親を説得するのに、来年はえらく腐心しそうである。
 第一位は、岡本太郎氏の理解が深まったことだろうか。勉強会で「自分の中に毒を持て」を輪読し、過激な箴言を連発する岡本さんの真意を感じようと、太陽の塔の内部公開を見に行ったり、生田緑地の岡本太郎美術館に行ったり、渋谷の「明日の神話」を見に行ったり、いろいろ岡本太郎氏の理解を深めた。なかでも、映画「太陽の塔」はそうとう興味深かった。「今日の芸術」も読んだし、岡本さんのアグレッシブな芸術家魂を目の辺りにして、自分の生き方に勇気を戴いた。岡本太郎氏に対する尊敬が深まった。
 そうじて、楽しい一年だったかな。元旦に熱出して寝込んだときにはどんな一年になるのか、先が思い遣られたが、ジンクスはジンクスに過ぎず、かなり楽しい一年だった。しかし、心残りは、文学賞受賞を今年も逃したと言うことだろう。来年こそは、何らかの賞を取りたいものである(無謀とか言われそうだが……)。
 今年は、これでブログ納めするので、読んで戴いた皆さん、今年もお世話になりました。来年も皆さんにとって良い歳でありますよう、こころからお祈りしております。
posted by Pearsword at 00:34| 富山 ☁| Comment(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

あまりにも更新回数が少ないので……。

 最近は、ブログに直接つらつら書くことが少なくなった。ツイッターであれこれ短歌に託して語ってみたり、無刀会掲示板でいろいろ書き殴ってみたりで、あまりブログに書くネタが溜まらない所為もあるが、なによりも小説を書く時間の方が大切で、ブログにまで手が回らないせいもある。しかし、今日は二連休だというのに朝から寝てばかりであまりやる気も起きず、適当に晩御飯を済ませても、創作するような心理状態で無かったので、雑記でも記したらどうかと思い立ち、こうして筆を執っている。
 なので、はっきり言って何も書くネタが無い。仕方ないので、まあ、「孤独な恋人」のアマゾンPOD化の話でもしておこうか。
 「孤独な恋人」は、186枚の長編なので空華に分割掲載した。すなわち、前編を空華第六号、後編を空華第七号に載せたのだ。しかし、発行部数は揃えたのだが、第六号と第七号とではメンバーが替わってしまって、第六号の時の著者の無料配布分が多くて、第七号ばかりが大量に残る結果になってしまった。売れ行きは、第六号も第七号もあまり変らず、売れにくい。
 なので、私としては何とかこの自称問題作を、アマゾンPOD化して一般の人々に読んでもらいたいのだった。
 いままで、POD化する場合の表紙は、こちらがイメージをデザイナーさんに伝えて、イラストを作成して貰っていた。しかし、「孤独な恋人」は、どうも一枚の絵に象徴しにくく、良いイメージが浮ばなかったので、少し支払い額を引き上げて、作品を読んでもらってからデザイナーさんが受けた印象で、表紙画をデザインして貰うことにした。
 アマゾンPOD化に関しては、私はアマゾンが日本でその話を広告する以前からやっていた。アマゾンキンドルを発行する著者になると、アマゾン.comから、ときどき英語のメールが届く。そのなかに、amozon.uk(英国)でもとうとうキンドル本の無料ペーパーバック化が出来るようになった、という記事を大分前に読んでいて、日本でもそんなうまい話がないかな、と折に付け検索エンジンを動かしていた。すると、あるとき日本でもアマゾンキンドルのペーパーバック化が無料で出来るようになったという記事を発見したのだった。
 そのあとは、調べたとおりにやったらアマゾンPODが出来上がったというわけだ。日本のアマゾンPODの黎明期に、まさに私は出版できたわけで、初めの頃は印刷会社のネクストパブリッシングもチェックが緩くて、原稿のPDFが間違っていたら間違ったままに印刷が出来上がっていた。飛梅のPODの表紙は、初版はとんでもない落丁本に仕上がったのだった。しかし、現在ではガイド線の入ったPDFが送られてきて、文字の位置などが不適切だと原稿を突き返してくるので、おっちょこちょいの私でも、ちゃんとした本になって出来上がる。
 しかし、知らない人が多いのか、アマゾンを莫迦にしているのか、私の周りにはあまりこの便利なシステムを利用する文筆家はいない。高いお金を掛けて自費出版するくらいなら、アマゾンPODの方が100倍得である。例えば、文芸社などだと、ハードカバーにすると100万は下らないし、契約も普通は一年で切られる。宣伝も殆んどと言って良いほど何もしてくれない。なんのためにそんな大枚を払わねばならないのか、理解に苦しむのが文芸社などの自費出版なのだ。
 それなら、出版費用無料のアマゾンPODを利用した方がどれだけ得なことか、それがなぜ自費出版をする文筆家に判らないのか、まことに不思議なことである。確かに、アマゾンPODはハードカバーに出来ない。しかし、ハードカバーにすることがそれほど大切なことだろうか? ハードカバーの強みは、はっきり言って外観しかない。文庫本の方がコンパクトで軽く、持ち歩きやすくて何処でも読めて便利である。ハードカバーは、書棚の花になるだけで、しかも日ごとそのジャケットは色褪せていくし、アマゾンPODの方が実用性が高いのだ。
 もし、どうしてもハードカバーに拘りたいなら、印刷だけ製本会社に頼むと良い。文芸社などの共同出版とかいうやつは、そもそも本を作ることで客から利益を得るのが目的だから、会社側としては売る必要がまるで無いのだ。それなら、下手な編集とかさせずに、自分の納得のいくレアな原稿を、製本会社に頼んでハードカバー化して、ネットショップなどで売った方が、よほど割に合うというものだ。ハードカバー化だけなら普通の印刷会社なら100万も掛からない。
 というわけで、話は横道に逸れたが、いろいろな著作者にもっとアマゾンPODを活用して貰いたいものである。確かに、文学賞を取ることはとても大切なことだ。しかし、取れなかったからと言って必ずしも万人につまらない作品とは限らないのだ。万人万色、私のようなマイナーな小説を書くものでも、全世界の中に一握りは理解者がいるかも知れないのだ。受賞が全てではない。自分を表現することが、一番大切なことだと私には思える。
 まあ、芥川龍之介先師が仰るとおり、「小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるもの」なのかもしれないが……。
 
 
posted by Pearsword at 19:45| 富山 ☁| Comment(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月17日

第五十六回文藝賞応募の後。

 現在、第五十六回文藝賞に向けて小説を執筆しているが、ようやく110枚程度になったところだ。大分話が進んできたので、著者の予想では、150枚前後に収まりそうな感じである。この小説は、もうおおかた書けてきているので、完成に全力を注ぐだけである。
 その作品が出来上がらないうちに、次の文学賞のことを考えるのは、すこし先走りすぎの感が無いでもないが、さて何を書こうかと悩んでしまう。いつぞやフェイスブックで幣原首相の記事が紹介されていて、この首相を書きたいと思ったことがあった。そのアイデアを書いても良いのだが、あまりにも知識がなさ過ぎる。資料を収集して読み漁るところからやらねばならず、とても次の照準の文學界新人賞に間に合いそうもない。
 しかし、何の切っ掛けか、ふと10月末締切りの群像新人賞のページを見たら、選考委員に新たに柴崎友香さんが加わっていた。これは、文學界を蹴って群像に出すしかなかろうと、ミーハーな私は思ってしまった。柴崎さんも反戦小説をお書きになるので、幣原首相の話を書けばピッタリかも知れない。とはいえ、はっきり言って文學界の9月が10月にシフトしただけで、一ヶ月長くなっただけである。とても資料読みに足りる時間ではない。私にも、糊口するためのバイトがあるのだ。一日中、作家業をやれるだけ、優れた才覚の持ち主ではないのだ。
 幣原首相の話は、いかように書くにせよ、あまりにも知らなさすぎるので、まだまだ時間が必要だ。来年の10月までに書けるテーマではない。では、何を書けば良いのか? また、アブストラクト小説に走るか? それとも、何かしらのアイデアを拈り出すか。
 私は、実を言うと、「無形の子供」を書きだした9年前からこの方、アイデアに詰まった試しはない。なにかしら書きたいものが天から降りてくる。まあ、年に二作ペースというのが、ちょうど肌に合っているのだろうが、いろいろ書きたくなることが不思議と出てくるのだ。しかし、漠然と書いていても何も面白くないので、また多元焦点的に仕上げてみたくも思う。これは、「千の扉」を読んで影響を受けたからで、しかしだからといって、真似をして「万のドア」とか書いてもせいぜい「十の門」とかで終ってしまいそうなので、だいたい私は真似をすることがどうも苦手で、高橋源一郎さんの「小説教室」には、真似から始めようとか書いてあるが、やはりそれはどうあっても、私の主義に反するので、やはり影響を受けたとしても、独自的なものを生み出したく考えてしまうのだ。
 だいたい、手法だけ多元焦点化とか決めて書くのは、どうも面白くないので、その辺はむしろ固定焦点でも良いとせねばならない。
 まあ、特別新奇的なものをと、意味の無い拘りを実現しようと頑張る徒労は、あまり良い作品を産まないだろうので、自分らしさを追究していくことが肝要かなと、思ったりする。岡本太郎さんなどは、その「自分らしさ」を絶えず刷新していくような考え方のようであったけど、それは岡本さんの岡本さんらしさであり、その主義を私が真似る必要は何処にもないのだ。
 にしても、今のところ何もアイデアが無いので、かなり困った状態である。柴崎さんに、なんとかして選考に残って読んでもらうだけの、秀逸な小説を、どうやれば作り出せるのか、今書いている小説よりもそちらの方が、より心配なところである。
posted by Pearsword at 16:31| 富山 ☁| Comment(0) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月07日

第五十三回北日本文学賞の結果。

 第五十三回北日本文学賞は、なぜか一次選考だけ通過していた。何故かというのは、通るなら二次選考も通ると思っていたからである。
 第五十二回は、「江面月明」で第二次まで通った。あれは、たしか「心跛」を一生懸命書いて第二十回長塚節文学賞に出した後、一ヶ月そこらの短期間で、ささっと仕上げたあまり出来の良くない作品である。それが第二次まで通った。
 気をよくした僕は、万全を期して、丁寧に「仏祖円寂」という作品を書いた。一次は通った。僕の作品も、理解されつつあったのかと、思っていた。しかし、そこに来て第二次選考を落とされた。
 やはり、北日本新聞社の文化部の記者の方々の好みの作品は、僕には書けないのかなと、思った。「仏祖円寂」でこの程度であれば、たぶん何を書いてもこの賞の受賞は無理に違いない。作品のテーマや真意が、まるで理解されないのだから、どうしようも無い。
 まあ、「禅僧小話集」は続編も作るつもりなので、その小話を書くのに、丁度の長さが便利と言うことで、もう何年か、この賞を利用させて戴くかも知れない。百パーセント受賞出来ないと断言できるが、それは北日本新聞社の読書眼が、あまり鋭くないからに他ならない。すべての作品を宮本輝さんが読んで決めるのなら、どれだけ素晴らしい作品が選ばれるか、それは雲泥の差だと思う。
 しかし、「癲狂恋歌」すら、たとえ文藝賞といえど、第一次選考にすら残らなかった。
 栄光って何なのかな、って思った。少なくとも、マークシート試験のように数字で明確に結果が出るものではないのだけは確かだ。編集者の目から見て、良いもの売れるもの、と映った作品だけが選考を通り、その最終選考に、出汁に使われたように著名な作家の方々が選考をする。すべての作品に目を通していない選考委員の方々は、最終選考にまで残らなかった作品の中に、すばらしい作品が埋もれていると言うことを、思ったりはしないのだろうか?
 また、いままで精神障碍者の小説家は、僕の見る限りでは居ない。芥川龍之介も夏目漱石も、メンヘラと言われてはいるが、病院で薬を処方されたり、障害者年金を貰ったりしていたわけではない。彼らに関しては、病魔と闘い自力で頑張っていたという見方が、一般的だろう。しかし、僕は病院に通って、楽に年金暮らしをしているイメージがある。そういう偏見や差別が全くないと、言い切れるかどうか。
 運も実力のうちとはいうが、本当にそう思う。この世界、運が強くなくては、メジャーになれない。努力と才能だけでは、どうにもならないと思われる。もっとも、僕の才能は下手の横好き程度だが、全くないわけではないのだ。
 大体、北日本文学賞輩出の作家を見ると良い。まともな作家がどれだけいるというのか? 賞金は文藝賞の倍するくせして、受賞作は碌でもないものばかり。金さえ掛ければ良い作品が集まってくるとでも勘違いしたのか、北日本新聞社は。少なくとも、あまり良い賞とは思えなくなった。あまりこんなことを言いたくはないが、下手すりゃ地元の恥さらしの賞である。もう少し、まともな選考をしてほしいと思うものだが、まあ能力の欠如と思うしかないか。
 まあ、この賞にはこれ以上期待しないことにした。あと三年くらいは、出し続けるかも知れないが、予告しておくと、すべて選考落ちが硬いところだ。良いものを書いても少しもそのテーマや真意が汲まれない賞なのだから。
 もし、これを読んでいる人で北日本文学賞に出そうと思っている作家の卵さんがいたら、アドバイスしておきます。いたずらに賞金だけ高くて、編集者の選別眼がないですから、やめておいたほうがいいです。良い作品ほど出すのがもったいないです。とまあ、地元新聞社の悪口を書いてしまったが、新聞を読んでないから判らないけど、たぶん保守的な社風だと思われるので、本当に面白い作品は、選外になりますよ。 
 ちょっと、ぐちりすぎましたか……。 
 
 
posted by Pearsword at 07:33| 富山 ☔| Comment(0) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月24日

東京旅行の合間に。

AE83FBBE-6DE8-4579-9FBC-311DE1915906.jpeg 今日は、12時時半前に池袋駅に着いた。とりあえず、山手線に乗り渋谷で下車、Bunkamuraに向けてノスタルジーに浸りながら、マイカノ連れて歩いた。
 何かオシャレな店に入りたいと彼女は言ったが、109に入るのも阿呆らしいし、ヤマダ電機の呼び込みが小煩くてオシャレどころの雰囲気でない上に、渋谷駅前改装中だったので、あまり雰囲気の良い店がなかった。しかし、時間がないので、ベトナム料理と韓国料理の店のあるビルの一階のトルコ料理だろうか、ケバブの店に入った。ケバブというと、サンドしか食ったことがなかったが、今日食べたミックスケバブは、チキンだのケバブだの、多くの肉が沢山食べれて、とてもボリューミーで美味しかった。ワンプレートにスープ付きで、ライスと粉物のタコスみたいなものがあって、肉の付け合わせにちょうどだった。ドリンクは、グラス紅茶だった。
14DC9854-83EE-4265-B7C3-7D5F6C72B389.jpeg そのあと、渋谷駅の「明日の神話」の大壁画を眺め、井の頭線と小田急線を使って、向ヶ岡遊園下車、生田緑地に歩いて向かう。目的は、もちろん岡本太郎美術館である。東京にいる時には、その存在すら知らなかった岡本太郎美術館だったが、生田緑地も紅葉が綺麗で針葉樹の林も爽やかだった。岡本太郎美術館では、イサム・ノグチと岡本太郎の企画展がやっていた。常設も見事だったが、イサム・ノグチや魯山人との関係が示されていて、興味深かった。何よりも、岡本太郎の芸術が満喫できた気がして、感激した。岡本太郎は、抽象にも意味を持たせるような芸術を描くらしく、そういうところは具象絵画のデフォルメの域を出ないのかもしれないが、何のテーマ性を持たないものより、具象性があって主題を訴える芸術の方が、インパクトが強いのではないかと思われる。とにかく、素晴らしい美術館だった。
 そこから、駅に戻って町田駅まで小田急で行き、ビジネスホテルに荷物を預けると、近くの地中海料理の店に行った。リゾットとサラダとマッシュルーム炒めを食べた。
 なかなか、東京を楽しめた半日だった。
 明日は、文フリ本番だ。遊んでばかりいないで、本業をしっかりやらねばならない。目標20冊、達成したいところだ。
posted by Pearsword at 20:04| 富山 ☀| Comment(2) | 浮泡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

朝バス。

 拙著に、「夜バス」という駄作があるが、それをもじって「朝バス」と銘打ってみた。
 明日の第27回文学フリマ東京に、ブースを出店するために、マイカノと高速バスで移動中である。マイカノは一昨日山口から来たばかりで、連日の長旅になる。乗り物恐怖を跳ね返しての今回の遠征だけに、その彼女の努力に酬うだけの結果は残したいものである。
 一週間前の日曜日には、高熱で倒れていただけに、僕自身どうなるか不安だったが、無事風邪も治りなんとかかんとか、出店出来そうである。前回の文フリ東京の戦績が奮わなかっただけに、今回は今夏の文フリ大阪を越える戦績を記録したいものである。
 今回は、文藝同人無刀会始まって以来の、純文学カテゴリーでの出店である。流通センターの一階は、初めての陣取りだが、見本誌が二階にあるだけに、どれだけ客足が伸びるか、気掛かりなところである。
 朝は、五時起きしてきた。最近は趣味だった座禅会も辞めてしまって、あまり朝早く起きることがなくなってしまったので、久しぶりの早起きは格別に寝覚めが悪く、まだまだ眠い。
 今回は、上京する際にあまり無理のないように、一泊することになったので、行きは高速バスで行き、ビジネスホテルに泊まり、帰りは北陸新幹線のかがやき終電で、富山に戻る。一泊する余裕があるので、川崎の生田緑地にあるとかいう、岡本太郎美術館に寄ってくるつもりだ。途中、渋谷駅の「明日の神話」も観ようと思うので、バスが池袋に着いたら、山手線で渋谷まで出てから、井の頭線と小田急線を乗り継いで、岡本太郎美術館に行こうと思う。
 地図で見た限り、小田急線の駅からかなり歩いた公園の中に、美術館はある。マイカノが、靴がボロいのは東京ではよろしくないというので、昨日ファボーレで、ブーツを買ってきた。その他服や鞄など、東京用に揃えた。マイカノは若い時に作家を目指して上京して以来の東京になるのだ。
 そのよそ行きの出で立ちが、ブース販売にプラスに働いてくれれば良いが、今回は何冊売れるやら、気掛かりである。
 目指せ20冊と言ったところか。、
posted by Pearsword at 07:33| 富山 ☔| Comment(0) | 浮泡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月20日

文フリ東京一週間前の風邪。

 今週初めの日曜日、恒例の同人の勉強会をしていた。その時はまだ元気だった。しかし、勉強会の終り頃になると、なんだか寒気がしてきたので、終った後に体温を測ったら、7.5℃くらいあった。微熱か、と思ったが念のためと思い、隣のドラッグストアに行って、コンタックと蜜柑と晩御飯と2Lのお茶を買ってきた。
 帰ると、寒気が強まってきたので、もう一度測ると、8.9℃くらいに上がっていた。もしや、インフルエンザに罹ったか!! 予防接種は水曜日に受けたばかりだったが、間に合わなかった可能性もある。勉強会はスカイプで行っているので、他の仲間から移ったという線はない。一日家にこもっていただけでも、罹るときは罹るのか、と少々絶望的になった。なにも、文フリ東京に合せてインフルエンザになることはないだろうに。荷物も送ってしまったし、今回は、山口からマイカノが来て一緒にブースをやることになっていたので、一泊することになっていた。往復の汽車賃プラス宿泊代も手痛い。
 そんなことを、悲観的に考えていたが、まだインフルエンザに罹ったと決まったわけではない、とコンタックを飲んで電気毛布に包まっていたら、発汗して少し寒気が和らいだ。一応測ってみると、8.2℃。少しコンタックが効いたようだ。コンタックが効くインフルエンザなど効いたことも無いので、これはただの風邪かも知れない、と希望を繋いで、水分を取りつつ寝込んだ。すると、次の日の朝には、6.5℃の平熱に戻っていた。ほっとしたが、まだ喉の痛みや鼻水など風邪の症状は残っているので、近くの総合病院に行った。
 そこでインフルエンザの検査をして貰ったが、めでたく陰性だった。セラビナなど普通の感冒薬を出してもらって、仕事に行ったが、また寒気がし出したので、会社の体温計を使うと、今度は7.7℃まで上がっていた。これはこじらせてしまう、と考え、文フリのために備えるためにも、早退してまた布団に包まった。
 昨日、薬を飲んで早めに寝たら、今朝は平熱で寒気もない。二日間風呂に入っていなかったので、頭も痒いしかなり身体がべとべとだ。暑めの湯船に浸かって、一通り身体を洗い、まだ喉が痛いので、念のため今日一日休みを取った。なにせ、今は治療に専念して、25日の文フリに備えなければいけない。
 風邪を引くと何をしててもあまり楽しめず、ちょうどアマゾンから届いたばかりの「千の扉」とか読んでみたり、こうしてブログを書いてみたりしているが、全く楽しくないわけじゃないけど、少なくとも本調子にはほど遠い。全く身体が弱くなったものだ。冬山をやったり寒中禊をやったりしていた頃が懐かしい。あのころは、こんなに簡単に風邪など引かなかったのに……。
 マイカノなどは、栄養不足だという。それもあると思うが、山登りを辞めたことがかなり響いているような気がする。山登りしていることで、免疫力を保っていたところがあるのではないだろうか。以前のように、山登りは出来なくなったが、何かしら身体を動かすことは今後とも必要だろう。健康のためと思って、できるだけ身体を動かす機会を作っていきたい。 
posted by Pearsword at 10:09| 富山 ☀| Comment(0) | 浮泡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月12日

「いつか深い穴に落ちるまで」山野辺太郎著。

 第五十五回文藝賞受賞作は、二作だった。「はんぷくするもの」が地味なストーリーで文体も個性的であるのに比べ、この「いつか深い穴に落ちるまで」は、アイデアも秀逸であり文体も平易暢達だった。どちらが上かとは安易に言えないのが芸術だが、熟練した書き手による作品は間違いなくこちらのほうである。
 太平洋戦争のときの東京大空襲の様子や、そのあとの復興などに関しても、とても情景描写巧みに、まるで見聞きしてきたかのような臨場感で書かれた筆致は、相当の知識と技量が必要とされるのだ。山本清晴の日本とブラジルを貫通させるという莫迦げたプロジェクトを、政府が本気で取り上げゼネコンが下請けを使って施工するというストーリーは、よほど上手く描かないと嘘くさくて読める代物にならない。しかし、その莫迦げた公共事業を仔細らしい理由を付けて、さも実施されたかのように描くこの筆力は、尋常ではない。
 また、そのアイデア同様秀逸なユーモリズムが極みに達するのは、穴が貫通したときに「通行人」として候補に上がった部下の大森が、ネットで海水パンツを買うところで顕れている。地中に穴を掘っていくと、常識ではマントルが邪魔して、貫通できない。人工マグマではないが、温泉の代わりに火山が噴き出すだろう。その科学的知識をまるで素知らぬふりをして、コンクリートで固められた通路が掘られて竣工した。その「通行人」が、なんで裸にならなければならないのか? しかもキャップと海水パンツを佩くというユーモアは、「僕」たる鈴木が高校時代水泳部だったという伏線がより効果的に働いて、読者に笑いを催させざるをえない。藤原部長に、「地上の道だって、人類は裸足で歩くところから始めたんだ」とかしれっと阿呆じみた理論を述べさせて、水着を着ていくことが最小限にして最大の礼儀だとでも言わんばかりにストーリーに据え置き、何の不思議さも感じさせずに、鈴木がそれを受け入れるところなど、表現力が素晴らしく優れている証拠である。
 いろいろな脇役も生きていて、山本清晴一家の、姉と弟の話など、とても美しいエピソードで、そのネタだけで一つの短編小説が成り立つくらいである。そのほかポーランドの秘密大使のコヴァルスキや北朝鮮のボスの通訳のデイジーなど、魅力的な脇役を上げれば枚挙に暇が無い。つまりは、沢山の小話が入り乱れて組み合わさっていて、それらがとても興味深いハーモニーとして、編成されているといった、多重的で深みのある小説である。
 また、情景描写もあっと言わせるものが数えきれず、例えば、銭湯に行ったことのあるコヴァルスキが、事業の初期の失敗で掘り出した温泉に浸かって、「あそこに見えるのは、本物でしょう?」と、富士山を指して言うシーンは、リニアモーターカーの事業と併せて行った穴掘り事業を、如何にも現実らしく思わせる情景で、絶妙だな、と思わせるものがあった。
 一つ不満があるとすれば、鈴木の憧れの彼女、ルイーザとの間柄が疎遠過ぎることである。十七年掛けて挨拶を交わして、そのあと一度手紙を書いて終りでは、恋愛とはとても言われない。ルイーザとの仲をもっと情熱的に描けば、最後の穴が貫通したときの感動も一入だったろうに。
 そして、決定的に失敗だと感じたのは、いやこれはアンチ科学主義という思想に立脚した、文系型の頭脳の著者ゆえのことなのかもしれないが、エンディングが科学的で無いことである。地球は重力が働いているから、空気抵抗が無いとすれば、コア部で位置エネルギーが全て運動エネルギーに変換して最大速になっているが、ブラジル側に出たときには、運動エネルギーが位置エネルギーに変っているから、網の出し方も抑えつけるのではなくて、掬い上げなければ、また日本側に向けて落ちて行ってしまうのである。しかも、現実は空気抵抗があるため、小説にあるようなボブスレー型の耐熱式シャトルをこさえたとしても、抵抗と加速度がプラトーに達して、一定速度以上にはならないはずで、となるとコア部に着いたときに、すでにブラジル側の地上まで上り切るだけの運動エネルギーが残されておらず、何らかの補助動力を使わなければ、ブラジルの地上には立てないと言うことなのである。それなのに、抑えた網を突き破って宇宙に飛び出していってしまうというラストは、それまで上手く読者を騙して、リアリスティックに描いていただけあって、かなり興醒めした。このラストであれば、描かなくても、穴に飛び降りる段で小説を切ってしまったほうが、ずいぶん良かったと感じた。
 そういう意味で、かなり惜しい作品ではあるが、かなり面白かった。すべての作品が完璧でないと、同人の藍崎さんが言っていたが、そのとおりなのかな、という気がした。
posted by Pearsword at 20:22| 富山 ☀| Comment(2) | 文藝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月09日

「はんぷくするもの」日上秀之著。

 第五十五回文藝賞受賞作の一つを読んでみた。
 まず、読み出して思ったのは、下手くそな比喩表現が多いな、ということである。ところどころ難読の熟語が使われているが、今一しっくり収まっていないところがある。多分、著者はあまり小説を書き慣れていないのだろうと思う。
 読んでいる途中で、主人公が何度も古木さんの三千円あまりのツケの集金に、仏滅だの猫だの石だの、あまりにも些細なことで挫けてしまって、行けなくなる心理描写は、リアリティ以前の問題で、嘘を吐くならもっとうまく騙せと言いたくなる。そんなこじつけたような言い訳じみた心理変化をする人間など何処にも居ないからだ。些細なことで集金に行けなかったり、なんとか古木さんの家まで行ったは良いが、優柔不断な被害妄想にやられて、そのまま帰ってくるなどもたもたするあたり、いいかげんマンネリの中だるみ感が払拭できず、読んでいて食傷した。
 古木さんを見付けた武田が、ぼこぼこに伸したという話だけ、中途半端に浮き上がっていて、そのほかの伏線はだいたい回収してあるので、それが逆に消去法的に目立ってしまっていてまずい。そのあと、古木さんから連絡があって、元気でいるようすなので、主人公はぶち切れて、「あなたは最低の人間なんですよ」「母が具合を悪くしているんですよ。あなたのせいですよ」「きっと野垂れ死にするのがオチですよ」などと罵るが、古木は「あなたは津波に家を流されたじゃないですか」「我が家はね、全く無事だったんですよ」と言い返す。この辺に、もう少し運命の非条理さをしっかり浮き彫りに出来たら、この小説は成功していただろう。
 しかし、最後に、風峰さんが脳梗塞とおぼしき失語症になってまで、主人公の仮設店舗に来た後、主人公が蹴飛ばして道路の上に居座った小石に自分の行動を映して、自分が表題の意味するであろう自身の優柔な迷妄からくる愚昧なパターン行動から脱せると確信するエンディングは、ものを判っていないとしか言いようがない。香厳撃竹の真似だろうか? やたらと小石を蹴飛ばす主人公のこの心理描写は、あまりにも稚拙すぎると言わざるを得ない。
 物語展開全体が、不自然すぎて却って選者の目に止まったものと思われる。はっきり言って、プロットが無理矢理拈り出されすぎで、強引に抑えつけた感がある。私だったら、もっと主人公を舞台に解き放って、自由に動かせるだろうものを。
 その強引な押さえつけが顕著に表れたのが、憔悴した母の豹変と強引な取り立てであり、その後の健康状態の恢復であった。そんな気弱な母なら、それこそ津波が来ても、一生取り立てになど行けはしなかっただろう。あのまま、高が三千円とはいえ、回収できずに終った方が、どれだけ物語として完成度が高かったかと、私はこの物語のちぐはぐさをおもわずにはおられない。
 却って、この下手さやお粗末さ加減が、選者の眼に珍しいものとして映ったのか、文学の世界は評価が難しいものである。
posted by Pearsword at 19:33| 富山 ☀| Comment(4) | 文藝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月06日

しばじゅんからのバースデーカード。

2018-11-05 17.29.34.jpg 今日は、会社が4時までの工場勤務で、いつもよりハードだった。一般の方々からすれば、定時よりもずいぶん早く楽に思われるかも知れないが、精神障碍者の作業所ともなれば、賃金も半人前であるだけに労働時間も短いのだ。それでも、毎日疲れるのは、歳や病気の所為もあろうが、むしろ向精神薬の副作用で疲れやすくなっているのかも知れない。躁病にでもならない限りは、普通の精神障碍者は、なかなか一般の労働に耐えきれない。
 明日も、急遽他の人の代打を頼まれ、施設外の連勤になって疲れも溜まっていた。すき家で牛丼を食べて少しでもスタミナを付けて、明日に備えて帰って来たら、郵便受けにチラシに混じってしばじゅんからのバースデーカードが届いていた。ぼく自身は、「ブライニクル」の感想を書いている途中で、淳ちゃんの19日の誕生日に向けて、プレゼントの準備をしていたのだが、ファンクラブから毎年送られてくるバースデーカードについては、すっかり忘れていただけに、こころがほっこりした。
 しばじゅんも11月生まれだが、僕は射手座で淳ちゃんは蠍座だ。しかし、10日程度しか誕生日が異ならないので、淳ちゃんの誕生日を忘れようがなくて、恵まれているとも言える。僕はあまり考えないが、マイカノが嵌っているカバラによると、僕は誕生数3で淳ちゃんは8なので、相性は良いらしい。まあ、未だにPearswordアカウントはブロックされたままだが、渋谷のナイトでは二回も僕のお便りメールを読んでくれたし、時薬と言うこともあるだろうし、もう許してくれていると思うのだが、本人はどう思っているのか、一度聞いてみたいところである。
 とりあえず、今度の文藝賞応募作は、仮題「拝啓、お姫様!!」で淳ちゃんに捧げる作品である。どのみち選考を通らないものだろうし、アマゾンでPOD出版して、淳姫に捧げるつもりである。少々先走りしすぎたが、表紙デザインがまた困ってしまう問題である。本を出すときに一番困るのが表紙デザインであるという事実が、やっぱり小説家が本を自ら出版するのは難しいのだと、思わせずにはおられない。淳ちゃんに捧げる本は、一ファンとしてなので、なかなかそうお金を掛けられないが、マイカノに捧げた「癲狂恋歌」などは、なんとかハードカバーで出したい気持ちがある。ある出版社では、流通サービスを使用せずに、本を作るだけなら50万くらいで済むらしい。だから、マイカノには、何かの小説で入賞して賞金をゲットしたら、ハードカバーとして出版する、とか言ってある。
 実は、しばじゅんにはもっと無茶なうわごとを、初期のファンレターで言っているのだが、さすがに恥ずかしいし暴露してしまうのも興ざめなので、ここでは名言は避けるが、淳ちゃんにツイッターをブロックされたときに、寂しくなって「一生ファンでいます」と誓ったことだけは、記しておこう。僕の、しばじゅんに対する一生ファン発言は、今に始まったことではないので、何回書いても一向に構わないのだが。ミーハーな僕は、しばじゅん以外にも二、三人にこのように一生ファン発言を、ファンレターで送りつけているのだが、浅ましいのであまり深く突っ込まずにおく。
 マイカノと出逢うまえの孤独な7年を、しばじゅんの音楽に慰められつつ勇気を貰って、生きてきた。「ブライニクル」もとても素晴らしい出来映えのアルバムである。今度のツアーも、大阪にマイカノとともに、コンサートに行く予定だ。マイカノも淳ちゃんの音楽を結構気に入ってくれていて、二人で楽しんでいるので、どうやら一生ファン宣言は守れそうな気がする。
 しかし、やはりマイカノあってのしばじゅんファンかな、という気もする。独り身という現実は、音楽でいくらこころを慰めでも、辛さは変らない。勇気を出して現実を切り開いていかねば、苦境は打開できないのだ。まあ、マイカノと知り合ったのは、どこぞに書いたように、駱駝が針の穴を通るような御縁だったので、努力の成果ではないので、偉そうなことは言えないのだが、少なくとも努力しないと、誰も認めてくれないのだ。そういう意味でも、人生の応援歌である淳姫の楽曲は素晴らしく、11thアルバムのタイトルのように、彼女にはあらゆる意味で幸福になって欲しい。
 
posted by Pearsword at 18:21| 富山 🌁| Comment(0) | 柴田淳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月25日

「公園へ行かないか? 火曜日に」とノンフィクション小説。

 柴崎友香さんの作品は、「きょうのできごと」以来、つまりはデビュー以来、ずっと好きだったが、この作品を読んでいよいよ大ファンになってしまった。
 元来、私はノンフィクション小説というものは、食わず嫌いであった。読んだことがあるのは、中学時代に母に勧められて買った文庫本、開高健氏著「ロマネ・コンティ・一九三五年」くらいで、ただの体験談じゃん、とか思っていた。開高健氏の自分の身を危険に投げたしてまで取材された経験が描かれた名著は、当時SFに夢中だった私には理解の出来ない小説だった所為もあっただろう。しかし、理屈で考えて、ノンフィクション小説は創作性が少ない、と考えていた。
 しかし、私小説などでも、体験談を書く。志賀直哉氏の「城之崎にて」などは、教科書でやったから良く覚えているが、著者が交通事故か何かで、城之崎の保養所に入院したときの体験談を、掻い摘まんで話してある私小説である。私小説は、写実性だけが強調されがちだが、プロットの無さも特徴の一つである。現在の大衆文学が、安易な騎士物語的なものになっているなか、プロットの無い小説が新しく感じられたりもするが、実は以前から無プロット小説はあるものだったのだ。
 そういう流れで考えると、ノンフィクション小説もプロットが無いものだ。私は、保坂和志さんに、自著「飛梅」をお贈りしたことがあるが、そのときの説明書きに、「結局、歴史にストーリーをつけるのも、人間なのでしょう」という意味のことを書いた。歴史は現実だけに、因果応報であるにせよ、ストーリーが展開するように都合良くドラマチックに収まらない。しかし、人間はエモーショナルな生き物だけに、歴史に感動する。それは歴史からストーリーを抽出して感動するのである。それが、「歴史小説」というものであろうか。
 つまりは、現実を描くにしても、そのなかから事実を抽き出して繋ぎ合わせてストーリーに仕立て上げるのは、著者なのである。そういう意味で、ノンフィクション小説も、ストーリーがあるとすれば、やはり著者の視線、価値観、思想などが多分にペイントされた、著者の手によってドローイングされる輪郭の、著者の描いた風景画なのである。同じ風景を描いても、ゴッホとセザンヌではまるで違うものに成るだろうことは、誰でも安易に想像が付く。
 「公園へ行かないか? 火曜日に」は、騎士物語のようなドラマは何一つ無い。しかし、柴崎さんの体験したインターナショナル・ライティング・プログラムを中心にしたアメリカ旅行での珍しい体験が、柴崎さん独自の眼を通した秩序のもとに、非常に卓越した感性で繊細なタッチで、描かれている。これは、柴崎さんの眼とこころをもってせねば、書けなかった作品である。この作品集で、私が一番感動したのは、「ニューオリンズの幽霊たち」であった。柴崎さんは、ニューオリンズでかつての奴隷制の被害者たちの遺した悲鳴を聞いたあと、第二次世界大戦博物館へ行き、戦争の残酷さと非情さを痛烈な痛みとして感じたことを、柴崎さん独自の眼で見て書いている。そのこころの透明感は、デビュー作「きょうのできごと」のときと何も本質的に変っていない、あるいは霜華を重ねて更に研ぎ澄まされたとさえ言えるものである。
 ノンフィクション小説も、そういう観点からすれば面白いとも思った。一つには、小説の楽しみの一つである「美しき無駄」が、多く描けるのである。純創作だと、この「美しき無駄」が非常に描きにくい。かならず、因果的に伏線があってそれを回収するようなストーリー展開は、騎士物語的ではあるが、純文学的では無い。私の小説には、この「美しき無駄」がかなり欠如していることに、今更ながら気付いてしまうのである。無くてもストーリー自体は成立するが、無いと文学的価値が下がるもの、そういうアイテムというか描写というか、そういうものが純文学には必要なのである。
 そういう意味で、この短編集は私の小説観を、大きく変え得た。一生忘れないお気に入りの書物の一つに成るだろう。
posted by Pearsword at 19:52| 富山 ☁| Comment(0) | 文藝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月13日

「太陽の塔」関根光才監督。

 田舎の富山では上映しないので、隣県金沢のイオンシネマまで、愛車かっ飛ばしてこの映画を観に行った。
 土曜日なのにがら空きで、8番スクリーンは初め私一人だけだった。しかし、始まる直前になって、ひとりのオッサンが、この広い劇場のどこにでも座れるものを、よりによって私の席一つ空けた隣に、あからさまに嫌々オーラを発散しつつ座った。こっちもいやだったし、そんなに嫌ならほかのところ座れよ、と言いたくなったが、座席指定なので受付の姉ちゃんのおそらくマニュアル通りのお勧めの席と言うことで、通路下の真ん中の席に、勧められるままに座ったのだろう。その臨機応変でないところや神経質な人嫌いっぽいところがとても嫌な感じで、鼻水も出ていないのに、映画の良い場面で、鼻を啜ってばかりいるので、イライラして集中出来なかった。
 なぜ、映画の感想にこういうことを書くかと言えば、内容と関係が深いからで、岡本太郎さんはパリ留学時代に、ジョルジュ・バタイユに影響を受けてのめり込んでいったらしい。これはどういうことかというと、コメンテーターに言わせれば、その時点でただの絵描きでは無くなったということらしい。ジョルジュ・バタイユというのは、詳しいことは知らないが、「低次唯物論」を唱えた人で、美しい物ではなくて醜いもの、この汚らしい「クソ」が重要なのだ、ということを言ったらしい。だから、思想的美しさを追い求めず、いつも太郎さんの芸術は、現実に根付いていると言えるのだろう。
 太陽の塔は、「人類の進歩と調和」をテーマにした大阪万博のそのテーマ展示の塔であった。しかし、常日頃体制に刃向かって活動してきた太郎さんを、体制側が起用したのは明らかに矛盾を孕んでいた。体制側としては、どうにかして世界に「日本」を売り込むための「賭け」であった。しかし、著書から分かるように、岡本太郎さんは「対立」を保持しつつ互いに衝突するエネルギーが「芸術」のパワーとして爆発するという考え方の持ち主である。その価値観が人生のどの段階で形成されたか判らないが、私はフランス留学時のバタイユに影響を受けた時期と取りたい。醜いものを大切にして、そこに根付いて美しいものを創造しようとしたその「美」「醜」の二極対立が、岡本太郎さんの「芸術」の基礎ではないのだろうか。
 そう考えるならば、反体制側の異分子を体制にぶつけた体制側は、戦う前からすでに太郎さんに飲まれてしまっていたと言うことに成る。なので、太陽の塔は、有名建築家・丹羽健三の誇る空中都市に穴を空けて、圧倒的勝利を誇ることになるのだ。その証拠に、万博の後、ほかのパビリオンが除却されていく中、太陽の塔だけは残されて公園の中に佇んだままだ。「怖くて取り壊せなかった」のだと、コメンテーターは推理していた。ここには、岡本太郎さんの意志を越えた、神がかった運命すら感じられ、その偉大さには畏怖の念すら禁じ得ない。
 太陽の塔の裏側の黒い太陽は、どうしても眼を背けられない「原爆投下」の広島や長崎の犠牲のことを、喚起させうるものであった。つまり、太陽とは原子力のことなのである。私が、じかに太陽の塔を観に行ったときには、この部分が全く見抜けなかった。「原子力」=「太陽」の図式は、太陽の塔の重要な一側面である。科学技術の発達の中に「人類の進歩と調和」を描いた大阪万博で、太陽の塔は縄文式の土偶を想起させるかのような、シャーマニスティックな風貌の、明らかにテーマに対立的なモニュメントであった。つまり、「反科学」的思想の象徴なのだ。だから、内部の「生命の樹」には、動物的な進化があっても、科学技術的なものは何一つ混じり込んでいない。岡本太郎さん自身言うように、あの樹の形は血管を意味しているので、あのモニュメントは巨大な肉体なのだ。
 この映画の思想的なところは、この反科学、反核を、311の反省と反原発にまで展開していったことである。ソ連はチェルノブイリの6年後に崩壊した。なのに日本は、原爆を二度も投下されても、原発開発に着手し、福島の原発事故の後すら、未だに原発を再稼働している。この政府の愚昧さと国民の平和呆けの有様は、どこの地獄民の真似をしているつもりなのか? ここまで愚かしい政府と国民の眼を、どうしたら目覚めさすことが出来るのか。
 ただ、一つ解答があるとすれば、映画中にもあるように、科学技術の発展やその道筋は、人類のコントロールを外れ、神話的偶然の支配下にあると言うことである。映画は、最後に、この巨大モニュメントが、曼荼羅を表わしていて、過現当来の人類への捧げ物であるという示唆に行き着いているが、それは映画監督の一つの祈りであり、独自の解釈として捉えられるものである。曼荼羅を引き出すために、南方熊楠を登場させるのは、あきらかに監督の個人的解釈であろう。しかし、それによって解釈が華厳経にまで拡がるのは、ジョルジュ・バタイユの存在があるために、無理の無いところかも知れない。
 監督の解釈に一つ注文を付けるとすれば、私はこの巨大モニュメントは、太郎さん自身が少なからず入っているのではないか、と思う点である。塔の建設中、もし塔が出来なかったら、太郎さん自身がここに手を広げて立つのだ、と言っていたらしい。岡本太郎さんは、あくまで、体制の対立項として、反科学至上主義の象徴して、それよりもなによりも自己表現として、太陽の塔を設計したと私には思われてならない。
 ともすれば、岡本太郎さんは神がかってあの塔を作成したのだと言う人もいるが、私はそうは思わない。太郎さんでなければ出来なかった巨大芸術として、太陽の塔があるのである。
 映画には、渋谷の「明日の神話」という壁画も紹介されている。太郎さんの巨大ストゥーパともいえる太陽の塔を、芸術の科学からの勝利の象徴として取りたくなる映画作品であった。
posted by Pearsword at 17:34| 富山 ☁| Comment(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月09日

第五十五回文藝賞、落選。

 結果は判りきっていたことではあったが、この目で確認しなくてはならぬと、文藝冬号を地元の書店で買ってきた。
 すると、驚く勿れ、我が同人メンバーの藍崎万里子さんの「Nという山奥」という作品が、第三次選考を通っていた。文藝賞は、北日本文学賞などと違って、確実にプロへの登竜門の文学賞なので、藍崎さんはプロに一歩近付いたことになる。
 実を言うと、この知らせは私を複雑に懊悩させ失意の念を抱かせた。私は、藍崎さんの小説は結構好きだし、藍崎さんの「アマプレベス」シリーズの完成を応援していて、彼女を尊敬をもしているのだが、小説の質では彼女に負けているつもりは無かった。しかし、実際、僕の「癲狂恋歌」は歯牙にも掛けられず、ひとり「Nという山奥」だけ、選考に残った。私のうぬぼれといえばそれまでなのだが、この知らせは私のモチベーションを、一時的に低下させてしまった。なぜなら、河出書房新社の編集者に公正さが欠如しているように思われたからである。あまりにも悲痛だったので、自分でも莫迦丸出しだとは思いつつ、暴挙を止められなかった。つまり、お便りメールフォームが開いていて、しかも私がとても憧れている小説家、柴崎友香さんに「癲狂恋歌」の文書を、初めだけでも読んでくださいと、送りつけてしまったのだ。こんなことをやるから、よけい受賞から遠ざかっていってしまうのだろうとは自分でも思うのだが、憤りのやり場がなく止められなかった。
 しかし、冷静に考えてみると、アマゾンPODでも、藍崎さんの小説は飛ぶように売れているのに拘わらず、僕の小説は年に数冊出るだけだし、やはり客観的に見て、小説家の才能が認められているのは、藍崎さんの方なのであろう。私の読者は、友達とか義理で読んでくれる人ばかりで、本当に私の文章や小説が好きで読んでくれている人は、殆んどいないのではないだろうか。
 おりしも、文フリでお知り合いになった織作雨さんから、小説本が届いた。早速目にしたら、この鮮明な情景描写には、眼が醒める思いがした。情景描写は得意な方だと思っていたが、私などまだまだ技術もこころも眼差しも、なにもかも稚拙なのだと思わずにはおられなかった。要するに、書き慣れると自惚れが溜まっていくということなのかな、と思ったりもし、自戒の念を強く思うところであった。
 仏教を持ち出すのは、かなり矛盾しているのだが、五欲のうちの一つが名声欲である。これが強すぎると浅ましいことになってしまうのだろう。賞など求めるものではないのか、しかし受賞しなければ誰も読んでくれず、芸術の意味合いが薄れていってしまう。岡本太郎さんの言うように、「才能なんてない方がいい。才能なんて勝手にしやがれだ。才能のある者だけがこの世で偉いんじゃない」「才能のあるなしにかかわらず、自分として純粋に生きることが、人間の本当の生き方だ」というのが、今の私には一番教訓になる言葉だろう。しかし、この言葉は決して甘い慰めではない。「才能」を認めず「自分として純粋に生きる」ことが、どれだけ厳しいことか、それは岡本さんの生き様を見れば、瞭然とするだろう。
 ともすれば、「才能」や「名声」は、資格か何かのように、持っていると驕ったり偉ぶったりしがちだ。岡本さんはそういうことの弊害を仰っているのだ。そんな水戸黄門みたいな紋所は捨て去って、自で闘えと。その方が、どれだけ激しく純粋で厳しい人生か、それは筆舌に尽くしがたいだろう。
 いつまでも、素人の文筆愛好家でいたほうが、辛いけども良いものを書いていけるのかもしれない。
posted by Pearsword at 19:41| 富山 ☀| Comment(0) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする