2022年12月06日

小説と作者の主従。

 先日、スタバの前で注文の列に着いていたら、後ろのグループの女の子が、私自叙伝を出す、とか話していた。
 自叙伝というのは、私小説的でありながら、文学ではない。あれは、自分の苦労した体験を書いて、いかに自分が素晴らしい人間であるかを記そうとするものであろう。つまりは自慢だ。これに対して、私小説というのは、あくまでも文学であり、体験談ではありながら、体験の中に文学を見る立場のものである。それは、自然主義的なイデオロギーに則っていることが多く、日常生活という大自然を過不足なく描写し、その素晴らしさを訴えるというものが多い気がする。
 僕は、私小説はあまり好きではない。自然の美しさは確かに偉大なのだが、僕は人為的な個性というものをその自然の中にぬすぐりつけたくなって、面白いこさえものを作りたくなるのである。これは、ひょっとすると、犬が電柱に小便を引っ掛けるのと大差ないのかもしれない。しかし、自分らしさというものを、形として残すというのは、芸術家の本質的欲望なのかもしれない。
 しかし、ダダという思想が20世紀初頭に流行って、作品は本当は作者の手によるものではないという思想が広まった。これは文学に限らず、すべての芸術がそうなのだ。そういう動きもあったためか、自我の制御を超えた立場の芸術が作られたのだが、そのようなものは、僕の見る限り、そんなに感動的ではなかった。感動的になるためには、個人の無意識の投影が必要であるために、何らかの人間くささが必要だったのだ。それで、再び芸術は個人的に戻りつつあるのだろうが、それでも僕は、作者が自己主張をする芸術は、浅ましいと思うのである。
 妻と、若いとき書いた小説の話になったのだが、妻は若い感性の書いたものは残しておきたいと言った。僕は、若さは未熟さであり、作品がよりよくなるのであれば、若い日の作り物は幾らでも手を加えるべきだと言った。この違いは、自分を残したいかどうかということなのかなと思った。僕は、自分のくだらない人生なんてどうでも良くて、むしろよりよい作品を残したいというスタンスである。死ぬまで、作品をストイックに追求していきたいし、その追求が興味深くて楽しいのである。自分のくだらない人生なんて、恥知らずでないかぎり、他人にひけらかすものではない。自分は汚らしいけれども、作品は美しく作りたいのだ。
 僕の哲学では、小説は思索美の芸術であるため、幾らでも美しく作れる。思索の中の美を探求し、その思索美をできるだけそのまま写生する。それが僕の文学である。ある意味、自然主義と正反対ではあるのだが、それでも僕の頭の中の大自然の描写でもある。そこが、大自然のふところの深さであり、仏様の大慈悲の遍照的なところである。
 とはいえ、そのような自分のこさえものが、犬の小便のように僕くさいのであれば、それは自己主張するのと大差ないのかもしれない。一つ言えることは、僕は作品に従属すべき立場でいることだ。僕は、主役は作品であり、名前が残るとしても、作品の作者としてである。この主従がひっくり返ると、自叙伝を書きたくなるのだと思う。
 自分の個性も、大自然の大いなる現象だとは思うのだが、そんなものよりも、創作を楽しみその結果としての素晴らしい作品を、発明したく思うのである。それは錬金術のように真理への探究になるのかもしれない。
posted by Pearsword at 17:08| 富山 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月01日

「ダダ・シュルレアリスムの時代」大塚史著。

 以前に、瀧口修造の著書をチラ見していたときに、「ダダ運動」という言葉が触れられていて気になったので、題名からこの著を読んでみた。
 トリスタン・ツァラという名前は初見だったが、彼の偉業がとても判りやすく書いてあった。そのあとに、シュルレアリスムを概観する訳だが、この書を読むとよけい「シュルレアリスム」というものの実体が摑みにくくなってしまった。そもそもシュルレアリスムとは何のことであったのか。
 確かに、「ダダ」は言葉の意味性を解体して、言葉を物質的に還元した上に、その物質言葉に依る新世界を開拓しようとした試みなのかもしれず、「シュルレアリスム」は、それに形式だけは似ているが、みずからの内面的無意識を言語化して、自己に統合しようとした試みということなのかもしれないが、それだけで、ダリやマグリットの絵画が割り切れるとは思えない。「夢」の世界を、人間無意識の読み取り装置として働かせて、個人のインナースペースの可能性を引き出そうとしたといえばそうなのかもしれないが、マグリットの絵画について、あれは「夢」の写生に過ぎないのか、というとそんなに単純ではないはずだ。
 ともかく、アンドレ・ブルトンは、思想を実現しようと、次第に政治に傾いていってしまう。この辺は、時代が風雲急を告げる折であったからか仕方の無いことであり、結局は芸術的手段を諦めないために、フランス共産党と決別するという帰結は、ブルトンの名前に花を添えるものであったろう。ツァラにせよ、ブルトンにせよ、必死に生き抜く芸術家魂が、その人生を概観する中にも読み取れる。
 現代においても、事態は少しも安からず、環境破壊や世界戦争、弱者差別と、社会問題が絶えない。そのような中に、これらの先人の残した芸術家魂に関して、われわれは多くを学ばねばならないだろう。シュルレアリスムもダダも、19世紀までの理性主義、人間主義の反動として発生したものとされている。人間は理性で動けるものではない。そのような現代ですら未だ充分に認識されていない思想について、20世紀初頭にアヴァンギャルド芸術が起こった。反面、理性を否定された民衆が、全体主義、国粋主義に走って、ファシズムに利用された。だから、ダダやシュルレアリスムは、芸術の一つの基礎として、反体制・反政府という理念を、この時代に築き上げていたのだろう。
 未だに、民衆の自由はままならない。なんら思想統制されていないのに、マスコミや政府の情報に左右されて、少しも正しい判断を出来ない人々。それは、どうあっても芸術が目覚めさせるべき対象として、芸術の突き破る壁として、今なお存在し続ける。また、民主主義すら揺らぎつつある世紀初頭であり、芸術は本来、政治的意味合いを持たない方が幸福なのに、それを持たなければ存続も危ない時代になってしまっている。その辺は、ブルトンやツァラの生きた世紀と、現代は少しも代わり映えしていない。
 僕自身、シュルレアリスム系統の小説を書いているのだが、それはブルトンの自動筆記とは似ても似つかぬものではありながら、反体制・反政府という平和の精神について共通である点が、大いに勇気づけられた。今後も、シュルレアリスムとは何であるかを考えつつ、さまざまな創作を行っていきたいとも思うものである。
 
posted by Pearsword at 18:00| 富山 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文藝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月22日

文学フリマ35。

20221121_123622030_iOSrs.png 今年も秋の文学フリマ東京に出店することが出来た。
 上京は、定番となった軽四での妻との二人旅で、宿は春に泊って好感触だったホテルモントレにした。
 宿に着くと、多くの客がチェックインのために長蛇の列を作っていたので、荷物だけ預けて東京観光に出た。今回は、岡本太郎記念館とトーシツ100%展を見てきた。
 それで疲れたか、その晩は二人ともあまり眠れずに、本番の文学フリマを迎えた。都内、マラソンがあったようで交通規制が激しくどうなることかと思ったが、なんとか第一京浜にでると、スムーズにTRCまで来ることが出来た。
 今回は、早く開けていて10時前に会場に入れたので、設営が10時半くらいに終わってしまった。他のプースの方々が入ってくる中、むなしく二人座って、開場を待つ。
 隣は、夢虫みりさんと新日本文学出版さんだ。夢虫さんは、ディスプレイに組み立て式のブックスタンドを使っていて、僕らもそのようなものを導入すべきかどうか、一瞬悩んだ。
 開場まえに、以前僕の「ジオハーブの哀歌」を買って下さった入場者の方が、感想を述べがてら「サリエリの庭」を買っていった。これは、今回は幸先がいい、と思ったが、開場してみると、売れ行きはかなり伸び悩んだ。
 付き合いのある風見梢太郎さんも、民主文学でブースを出していたが、純文学の壁ぎわの位置はみな素通りしていくねえ、と嘆いていた。確かに、通路分が広くて、なかなか立ち止まってくれない。それでもビラを配る配る配る。立ち止まった方々に話し掛ける。しかし、なかなか買ってくれない。みなさん、ブースを決めて訪ねてくるのか、隣のブース結構売れているのに、うちら目当てのお客がほとんど来ない。
 結果、16冊しか売れなかった。これは、最近にない惨敗の結果であった。独り「サリエリの庭」だけが完売近くまで売れた。
 近くの東大ブースに、山野辺太郎さんがOBとしていらっしゃるというので、サイン本を買いにいった。「いつか深い穴に落ちるまで」は、空華のそらばなし書評でも取り上げた作品である。そして、拙著「ジオハープの哀歌」を謹呈しようとしたら、お金を払って下さった。なんとも謙虚な著者であろうか。お買い上げありがとう御座います。
 売上金も一万を切ったが、収穫としては、2000円もする「モーツァルトと皇帝たち」が売れたことだろう。藍崎の書籍は11冊売れたので、今回は僕の書籍がかなり不振だったと言うことだろう。ツイッターなどでイメージが悪い所為だろうか? いろいろ反省材料はあるが、もうすこしプロモーションを頑張らねばならないと、改めて思うのだった。
 客数自体は、公式の発表の通り7445人と、コロナ禍にも拘わらず過去最高になっているので、売上減少は無刀会の業績不振に過ぎない。読んだお客様には、それなりに好感触の感想を戴けるので、いかに新規顧客のこころを摑むかが、今後の課題かもしれない。
 来春こそは、売上2万を目指そう!! 
posted by Pearsword at 10:50| 富山 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月03日

「限りなく透明に近いブルー」村上龍著。

 妻が一押しの小説なので、反権威的な気持ちを鎮めて読んでみた。
 筋は、ほかの小説のレビューなどで判るだろうので端折るが、あまり大切な要素とは思えない。要するに、ドラッグとセックスに明け暮れるリュウとその仲間のことが判ればそれで良く、そんなに有意なストーリー展開があるわけではない。その辺は、純文学的な無プロット性があると言って良い。しかし、それはもちろん、私小説のようなリアリズムに徹するあまりの結果ではなく、ストーリーのロマンやドラマ性に重きを置かないためであろうかと思われる。
 しかし、最後に思い出したように符牒のように出てくる「限りなく透明に近いブルー」と言う言葉について、テーマがくっきり浮き彫りになる反面、きわめてわざとらしいエンディングになってしまっていて、もう少しうまい収め方がなかったものかと、著者のさらなる推敲を望んでしまうところがある。部屋で割った血の付いたグラスの欠片に映った街の映像が、「雨の飛行場でリリーを殺しそうになった時、雷と共に一瞬に焼き付いたあの白っぽい起伏と同じ」であり、そのガラスの破片が「限りなく透明に近いブルー」であるといい、みずからもそのようなガラスの破片のように、「白い起伏を映して」他人に見せたい、というふうに最後に締めくくられている。これは、あまりにも歩留まり良く収めすぎのような気がする。
 たぶん、主人公の名前が「リュウ」であることから、著者自身がそのようなガラスの破片でありたく、ともすると、そのガラスに映した白い起伏の実例として、この「限りなく透明に近いブルー」という小説を書いたのかも知れないが、リュウのようなドラッグとセックスに明け暮れたアヘアへの生活の中に、そのような真実めいたものが見えるというのは、およそ真実らしくなくて、そのこと自体、ただのドラッグ服用による幻覚に過ぎないというふうに取れるのである。
 確かに、表現力は巧みで、このような淫乱で退廃的な世界を、あまり生々しい嫌悪感を抱かせずに、美化したような感覚で描いている。それは、戦争小説で、忠誠や勇猛だけを抽出して美しく描くのに似て、虚偽である。醜いものにも美しさを見出すというのは、悟りの境地の一種ではあるが、それは醜いままを美しく捉えることであり、醜いものの惨たらしい部分を無視して美しく飾り立てることではない。この小説の修辞法は、どちらかと言えば、後者に傾いているので、あまり善良な書物とは思われない。
 芥川賞を取った作品ではあるが、テーマの単純さや真実の誤解など、表現力が巧みであるだけに、読者に悪影響を及す可能性が高く、ひょっとしたら、実際に日本文壇の毒になったのかもしれない。村上龍のせいで、文壇の審美眼が毒されて、以後まともな作品が選ばれなくなったと言ったら、当人は怒るだろうか?
 しかし、実際、最近は無モラルの文学賞受賞作が多いのだ。そのような無モラル文学の亀鑑として、この小説が金字塔を立てているような気がしてならない。小説の善性に対して、否定的であることだけは確かだ。
 
posted by Pearsword at 16:49| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文藝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月26日

祖母の逝去に思う。

 祖母は、今年の春に腰を骨折して入院した。コロナ禍ということで、隔離されたような入院になり、その間に一気に祖母は衰えた。六月に自宅に迎え入れたときには、かなり認知症も進行し、僕のこともわからなくなってしまった。叔母がつきっきりで介護して、寝たきりの状態で小康状態をしばらく保ったが、十月二二日、丁度叔母の誕生日に当たる日の夜、まさに眠りに就くように旅立った。
 葬儀も出席したが、仲間内だけのこじんまりとした式ではあったが、祖母がどれだけ愛されていたかがわかるような温かい式だった。お坊さんとも仲の良かった祖母は、お坊さんにも慕われていたようだった。山野草が好きで春生まれだったので、それを取り入れた法名にしようと、母をはじめ叔母さんたちが考えていたが、妻の祖父が俳人で教養があって、春の止め花は藤だといって、末子にふじこと命名していたのと、祖母も末子でトメという名前だったのを併せて、釈尼藤華という法名に決まった。妻が役立ってくれたのも、祖母のおおらかな性格があってのことだろう。
 いつか来ると思っていたので、そんなに悲嘆に暮れなかったが、訃報を聞いて祖母宅に向かった車中や、死に顔を見たときには涙が堪えられなかった。人の死は、やはり悲しい。それでも、安らかな顔には、少しも苦しんだ風もなく、叔母さんが足をマッサージしている間に亡くなったというから、おそらく極楽浄土に往生しただろうことは確実だ。僕は、哲学的に祖母は宇宙に帰ったのだとむしろ清々しい気持ちでもあるし、祖母の大正から四時代を生き抜いた立派な人生が誇らしくもあり、悲しいだけの逝去ではなかったのだが、それでももう生きた祖母には二度と会えないのだと思うと、ひどく寂しい思いがした。
 人生は出会いがあれば必ず別れが来る。これからの人生は、別れが多くなってくるだろう。そして、死ぬときにはただ一人になる。そのときにともしてくれるのは、仏様だけである。しかし、帰る先の仏の母胎の中は、仏様で一杯である。一人でありながら一人ではない。宇宙に帰るとき、本当の帰郷が出来るのかもしれない。そのときは、人との別れの寂しさを通り越えて、成仏出来るのだろう。
 人生は、空間に刻まれている真実である。さまざまな可能性が選べるのではなく、すべてが因果応報の鎖で繋がった必然である。その必然的運命の上を、人の意識が彷徨う。人の意識が、因果応報を受け容れるかどうかも、因果応報で決まっているだろうけれど、そのような人生観になることが出来たなら、自分の生き様を、あたかも芸術作品のごとく、個性的に面白く仕上げることに、ある種のやり甲斐を感じることが出来るだろう。時空は、可変的ではなく、運命が刻み込まれている。その時空間の綾としての自分の人生を意識してみると、自分の人生を悔いなく生きたくなると思うだろう。
 祖母も、そのように考えると、みずからの人生にまったく後悔がなかっただろうと、僕は推測する。焼かれるまえの棺からの最後の対面のとき、祖母は本当に優しそうな顔をしていた。死んでさえ人に優しさを向けられる祖母というのは、こころが相当豊かであり、それを支えた人生は、かなり立派なものだったろうということは、間違いないところであろう。
 おばあちゃん、今までありがとう。もう、おじいちゃんのところに行って、ゆっくり休んでね。
posted by Pearsword at 10:00| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 浮泡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月13日

先生方の評価。

 僕は、自分の小説をさまざまな小説家先生に読んで戴いた経験がある。
 保坂和志先生に読んでいた戴いたときには、小説を送るまえには感想を書くと言っていたのに、待てど暮らせど来ないので問い合わせたら、あなたの僕の小説に対する解釈もそんなにあたっていないし、僕はあなたのよい読者ではありません、と言って少しも感想を呉れなかった。
 柴崎友香先生に読んで戴いたときには、送った小説に関して解説をお願い出来ないか打診したのだが、しばらくして弁護士による警告書が届き、ファンレターを送ったり、先生の主催するイベントに出席したらストーカー防止法で訴えると言われた。
 そのほかにも、さまざまな小説家先生にお送りしたのだが、まともな対応を受けたことがない。小説家が忙しいのは判るが、忙しいからと言って無礼を働いて良いことにはならない。このような小説家先生の僕に対する冷遇は、どう考えても公平性に欠けるのである。
 これでは、小説家先生が、僕という小説家の卵を、よってたかって潰そうとしていると思っても、おかしくはないのだ。そんな度量の狭い、ケツの小さな非器しか、プロ作家にはいないのだ。たぶん、自分の小説を売ることと、自分の名声を高めること以外に、興味を持たない人たちなのだろう。
 僕は、自分で選考委員をやって思うのだけども、小説の感想を書くことは少しも難しいことではない。確かに、ときどき最後まで読むのに苦労するような、文法間違いの多い作品に出会うことはある。しかし、そういう作品を除けば、普通の小説は感想くらい簡単に書ける。それをしないプロ作家というのは、たぶん僕の小説に嫉妬したか何かなのだろう。感想を述べない理由が、どこにもないのだ。まさか、ただで文章を書くのか癪だとか、そんな高慢ちきな理由ばかりではあるまい。たぶん、僕の小説に感想を述べることで、自分に不利になることを恐れているのだ。
 僕の小説は、どこにでもあるようなありきたりのものではなく、少なくとも自分では新しい風を吹き込もうとした、野心的に作られたものが多い。そんなに普通の小説ではない。だから、はじめゴッホやセザンヌがサロンで認められなかったように、文壇も新しい文学を認めようとしないのだ。古い価値観に拘らなければ、文壇の先生たちは自分の権威を保てない。だから、旧態然とした価値観を大事そうに稟持しようとする。しかし、それは保守的な分、すでに芸術的ではない。岡本太郎は、芸術は新しいことが至上命令だとさえ言った。そういうものが、現代文壇には欠けるのである。新しいものについて、感動しないのではなくて、判らないふりをして、潰すのである。
 僕の小説について、「恁麼」「螺旋の拈り」は技法的にも哲学的にも斬新であるし、「筆と虹」は三ヶ国語を使用し作中小説も書いた力作であるし、「癲狂恋歌」は作中小説があり精神障害の実態を描いた新しさがある。そのようなものを全く認められない文学者たちは、すでに芸術家ではなく、自分たちの利権の保守に勤しむただの権威者でしかない。日本文壇はかなりすたれているというわけだ。
 それに気付かない国民も多く、この世の中の不公平や理不尽は、ますます蔓延していく一方である。
posted by Pearsword at 11:11| 富山 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月15日

大日平 1765m。

DSCN9286.JPG 妻も僕も、血液検査でコレステロール値が高く出て、栄養士に適度な運動が必要であると言われたことを逆手に取り、熊を怖がる妻を連れて大日平に登ることにした。もともと、大日岳本峰を目指すつもりはなく、その日登って大丈夫そうだったら、来年か再来年にでも試そうと思っていた。
 称名平の駐車場から歩いて登山口に着いたのが8:20。記念撮影をして登り始める。ところどころに咲いている花々を楽しみながらゆっくり登っていくが、三十分もしないうちにギブアップして小休止。妻は早くもお菓子を取り出す。そんなことをやっていたら、ヒイヒイ言ってようやく着いたのが猿ヶ馬場、9:30。妻はかなり疲れたようで、しばらく休んで魚肉ソーセージなどを食べて力を付ける。
 そこからようやく牛の首にかかるが、急登すぎるゆえかあまり疲れずにコルまで出る、10:10。反対側の沢を見下ろして、稜線の風を楽しみつつ、もう少しで大日平に出るからと、妻を励まして登っていく。途中、菊花が捧げられていた。どなたか事故にお遭いになったのか。御冥福をお祈りします。
 自分で言っておきながら、なかなか平らに着かず息を上げて登って、あと1キロの標柱を過ぎた辺りで一休み。もう平らに入っていた。妻も展望を喜んでくれたようだ。しばらく行くと小屋が見えてきて、その手前にベンチや看板があったのでそこで記念撮影をした。すると、手前から来た人が、このまえ立山でお会いした山の先輩だった。よく会いますねと言いながら、御縁を感じた。この先もどこかでお会いするかもしれない。
 小屋到着11:40。しばらく休んだ後、小屋の外のベンチで、ラーメンを調理してコーヒーを飲む。いつもの定番だが、汗を搔いて到達点で摂るラーメンとコーヒーは、なぜこんなにも美味しいのかが、七不思議的な謎でもある。
 妻に、本峰の高さだけでも見せておきたかったが、あいにく霞が掛かって殆んど山が見えない。ここから登っていくのだとだけ言って、本峰の方向を示しておいた。できれば、大日岳の頂上くらい踏ませたかったのだが……。
 下山開始12:40。大日平は気持ちよく下った。気持ちよい散歩道は、どこまでも続いて欲しかったが、やがて坂に差し掛かり、鎖場と梯子が次々出てきた。妻は、精神の調子があまり良くない所為もあって、高所恐怖が色濃くでで、脚が震えて腰が抜けそうになったそうだ。悲鳴を上げつつやっとかっとの思いで、牛の首コル付近の稜線を下ってくる。もう、この山は嫌だと言わせてしまった。大日岳はやはり無理であったか。
 コルから少し下がり、膝がガクガクの妻を、なんとか騙し騙し猿ヶ馬場まで連れてくる、14:10。猿ヶ馬場でしばらく休んで、残った食料を少し囓らせる。人心地ついたらしく、それ以降は眼鏡を汗に曇らせつつも、スムーズに下山してきた。下山完了、15:10。
 下山完了した後、登山に今後は抗不安薬を持ってこなけりゃ、と妻は言った。怖い思いさせてしまったようだ。少しは自信になってくれたら良いのだが、逆効果だっただろうか。恐怖症というのは、なかなか経験を積むだけでは治りにくいものである。
 行き3時間20分、帰り2時間30分の登山だった。タイムだけ見たら結構行けそうなのだが、恐怖症はなかなか厄介だ。今後はあまり無理をさせないようにしよう。でも、無事故でよかった。妻よ、よく耐えた。この経験が、未来に繋がりますように。
 
posted by Pearsword at 16:14| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月12日

「空華」電子書籍販売の断念。

 しばらくまえ、epubリーダーなるものが出回っているのだと知って、それなら一太郎を使えば、ネットショップで電子書籍をダウンロード販売できるなと思い付いた。
 しかし、僕や妻の藍崎万里子、またそのほかのもと無刀会メンバーは、空華掲載作品をKindle出版しており、著作権の関係で難しいのではないかと、少し躊躇した。そこで、著作権センターに問い合わせたところ、同人誌の規約で無料寄稿の取り決めがあるのならば、その雑誌に限って言えば、著作権料を支払わずに販売することも可能だと言うことであった。無刀会の規約には、さいわい同人誌の売上代金の記述があって、すべて同人会計に収まるという風に書いてある。
 そこで、善は急げと空華を電子書籍化した。一太郎があるからそれほど難儀では無かったのだが、初期の号はカラーイラストが配置されており、これが一太郎のepub変換では上手く行かず、また編集後記もさまざまな図形を配置してあるので、epubでは再現できなかった。これらを、手作業でしあげて電子書籍を完成させた。何日も費やされ、そうとう疲れた。やっとの思いで、創刊号から第一〇号を販売サイトに掲載した。
 サイトは、Wordpress上でWooCommerseで構築したが、このプラグインはかなり高性能なので、ダウンロード製品も難なく陳列できた。
 しかし、販売サイトに陳列してから、ふとKDPセレクトのことを思い出した。セレクトは、アマゾンの独占販売の契約をすると、ロイヤリティが上がったりUnlimittedに登録されたりする、売上向上プログラムである。同人誌掲載の諸作品は、アマゾンで別におのおの出版しているが、これはセレクトの規約に引っかからないのか?
 アマゾンに問い合わせたところ、セレクトの規約では、登録した著書は、たとえ判を変えたり他の作品と併せて合本にしたりしても、アマゾン以外では販売できないというものらしい。これでは、ネットショップの空華電子書籍は契約違反だ。
 そこで、無刀会自体をKDPに登録して、空華をセレクトに登録しようと考えたが、これはもっと難しいことに調べなくても気づいた。すでにセレクトに登録している作品と同じ内容が掲載された同人誌を、別のアカウントがセレクトに登録できるわけがないのだ。無理にやってもアカウント凍結がいいところだろう。
 仕方が無いので、この企画はすべて諦めた。数日間ことによると数週間に及ぶ作業が水の泡になったが、電子書籍作りの勉強になったと思って諦めた。無刀会ダイレクトは、ほかの企画で盛り上げていくしかあるまい。
 電子書籍は、アマゾンで売った方が広告効果が高くて有利である。Kindleリーダーもかなり優れたepubリーダーなので、ほかのリーダーに変える必要も無いだろう。
 そういうことで、夢を追った数週間が過ぎ、秋が到来した。
posted by Pearsword at 16:47| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月28日

現代日本の転換点――国葬について。

 僕は、今「末世の函葢」という世紀末の話を書いているのだが、世紀末とは言っても20世紀末の過去の話であり、未来のことではない。世紀末には、終末論が付き纏いがちであるが、世紀末を過ぎた現在、却って終末論を思わせるような浮世の状況である。
 コロナ禍から始まり、ウクライナ危機まではまだ想定内であった。しかし、多くの天災が重なった上に、自民党の腐敗の露見、さらに独裁暴政を敷かれている今、もう世の中は戦乱の時代と変らないくらい乱れている。世界が戦乱に乱れていても、国情が安定しておればまだ安心出来たのだが、現在の日本はかなり危うい状態だ。
 安倍元総理を国葬することの無駄さ加減と言ったら、まるで血税を日本海溝に沈めるかのごとくだろう。そんなことをしても、故人の命はもどらないし、国民の反発を買っているので暴動が起きるリスクも高まるし、三密が破れてコロナ感染の機会も増えるし、経済効果は言わずと知れて全く無い。ただ無駄に大仰な儀式を繰り広げてなされることは、国民に国家権力の覆しがたさを知らしめることだけである。国家権力を握った者は、どんな滅茶苦茶な指示でも、通すことが出来ると言うことだ。つまり、国葬は独裁国家宣言である。
 自民党を牛耳っているのは黒幕の隠居だろうが、すべてその人の思うままに独裁されてしまう。防衛費が倍増され、憲法が書き換えられ、自衛隊が軍隊化され、原発が推進され、やがて原爆保有国になり、キムジョンウンのように世界征服を望むようになるのだ。つまりは、プーチンになりたいのだろう。そうやって軍隊化して征服しようとしているのは、韓国であり中国なのだ。今や中国はかなりの国力があるため、満州事変のようにはいかないだろうのに、日本の政治家の黒幕隠居は、世界征服を目論んでいるのかもしれない。
 政治家というのは、朝鮮出兵した秀吉に限らず権力を握ると気が狂ってしまうようである。今の日本も、権力を握って狂ってしまった黒幕が、軍国独裁政権を作ろうとゴリ押ししているのだ。改憲されて良いことがあるだろうか? だれが平和憲法をなくしたいと思うのだろうか? 広島長崎の多くの犠牲者の命が、こんなにもないがしろにされて、日本はいま、平和憲法を改変しようとしているのだ。少なくとも、政府はそう言う立場である。
 その機運の礎を作ったのが安倍元総理である。この人が改憲に尽力し、その下準備とお膳立てをしっかり進めてしまった。その人の国葬をするというのだから、これは独裁政権万歳という宣言でしかない。
 確かに、世界中なかなか平和にならない。しかし、だからこそ軍国主義は捨てるべきであるし、唯一の被爆国としての矜恃を持って、核廃絶や戦争放棄に尽力しなければならないはずなのに、自民党の政治家は再び日本を軍事化しようと必死だ。
 国葬だけで終わるなら可愛いものだか、それが国民無視の強制政治の始まりにならないかが、非常に不安だ。国葬を許したら、世論を無視して閣議決定だけでどんどん何でも独裁しそうな雰囲気だ。
 だから、国葬は決して許してはいけない。
 現在は、現代日本の非常に重要で危険な転換点である。国葬が強行されるか否かで、今後の日本が決まることだろう。
posted by Pearsword at 16:11| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月14日

健康診断の結果について。

 健康診断の結果が出た。
 脂質異常症に肺がんの気。もう若くはないなと実感した。
 僕は、皮下脂肪が極端に少なく、そのくせコレステロールの血中濃度が高い体質なので、血管が詰まりやすい。ここのところコロナ禍のための外出自粛で、ろくに外に出ないばかりか、以前は月に二回ほど通っていた健康パークも行けなくなり、運動不足が酷くなった。また、一時期コレステロールの食事療法をしていて、青魚中心に食べていたら下がったのだが、今は妻の料理が凝っているので、結構肉を食べるようになってしまった。このままの食生活で運動不足が続いたら、早くに脳卒中に倒れることになるだろう。
 また、若いときには煙草を一日一箱吸っていたので、そのときのツケなのか、肺がんの診断が様子見になってしまった。一年後に再び肺がん検診をしなければならない。家の家計は父方も母方も癌に罹っている親族がいるので、僕も発癌率はかなり高い。どこの癌になるかは判らないが、いずれ罹ると腹を決めておいた方が良いのかもしれない。
 もう齢五二。腰も痛めているし、身体のあちこちにガタが来ている。下手をするとそろそろ死んでしまいかねない。
 もし、妻がいなければ、死に対しても、冷めた諦念のもとに受け容れられただろう。妻と結婚しなければ、しあわせらしいしあわせを知らなかった半生である。しあわせを知らないうちは、不幸もそれほど辛くはない。絶対的には相当辛い思いなのだが、主観的には辛さの中に浸っているので、死すらそれほど辛く感じられないのではないだろうか。
 しかし、結婚したからこそあたたかい幸福をすこしだけでも感じることが出来た。それは僕が生きてきた甲斐である。僕は、ことによると統合失調症の陰性症状で、感情が平板化していて、あまり幸福感を多く味わえない。食べ物すらあまり美味しいと思えない。しかし、妻がもたらしたしあわせというのは、そのような感情鈍麻をもってしても、あたたかみを感じさせるほどのものである。だから、僕は妻に救われたのだ。
 だから、却って人生の目的は達した感もあるのだが、僕としてはもう少し小説家で成功したいという欲がある。欲というのは仏教的にはあまり好ましくないとされるものであるが、生きる力としては最強のものであろう。欲があると生きたくなる。僕の場合、小説を書きたいとか、読者を得たいとか、あるいはもっと俗に、小説家として大衆に認められたいとか、そのような少しの欲しか今はあまり残っていなくて、食欲も性欲もだいぶん衰えてしまった。
 だから、あまり長生きしたいとも思わないのだが、妻のことを思うとやはり長生きして、仲睦まじく過ごしたいとも思う。ただ、今回の健康診断の結果は、少し自分の老化と言うものを、現在起こっていることとして実感する契機となった。老化の先に病死があるのかなと、そのような未来を、起こりうる未来として想像してしまった。
 しかし、暗いことばかりでもなく、創作に新たな見地を導入できる可能性はあるのだ。今までも、生死を扱った小説は多く書いてきたつもりだか、今後はもっとそのようなテーマに、実感的洞察を加えることが出来るかも知れない。
posted by Pearsword at 17:15| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月07日

不遇と芸術。

 妻もときどき元気が無くなり、ほかの人を見て選ばれている人は幸福だな、と羨んで自分の不遇を嘆く。気持ちは判らないでもないが、僕と異なるのは不遇に対する反骨的精神であろうか。不遇は、神仏に見放されているから起こることで、神仏に好かれない民は、一生憂き目を見るしかないのだと。このような妻の宗教妄想的なところは、僕も常々手を焼いている。神が不平等すぎるからだ。
 神仏というのは、定義上、アガペーや慈愛を放つものであり、それは遍照するのであり、贔屓は一切無いのだ。もし、一方にだけ注ぎ一方には注がないという霊体があったとすれば、それはもはや神でも仏でも無く、注がれているものも偏愛でしかない。慈愛やアガペーでは無い。だから、不遇を絶対的不平等と捉える人は、神を知らない。神というのは、盗人にも乞食にも、殺人者にも変態にも、すべてに慈愛を注ぐものである。その辺りが判らないから、他人を羨んで、自分は不幸の星の下に生まれた恵まれない貧者なのだと思い込んでしまう。
 神仏を知る人は、不遇にも強い。不遇というのは、託つものであって嘆くものではない。不遇はいずれは覆すことが出来ると信じる、あるいは、世の中が正しければ不遇では無いはずだと信じられる、そのような立場でいると、託つことが出来る。つまりは、みずから間違ったことをしていなければ、神仏が味方であるという絶対的な信頼を持てるときに、その人は強く生きることが出来る。それは、宗派や思想を越えた普遍的信仰であり、そのような姿勢の人は、いわゆる宗教団体に属さないでも、みずからのうちに信仰を保つことが出来るようになる。
 まあ、他人を羨む気持ちは判る。自分らは少しもうだつが上がらない。こんなにも文学活動をしているのに、誰も見向きもしないし、読んでくれる人の少なさと言ったら、シカトされているのと大して変らないくらいだ。それなのに、一方では大した努力もしないのに、若いうちからもてはやされて、プロデビューして輝いているようなプロ作家がいる。明らかに不公平ではないか? 彼等がそんなにもてはやされる尊さを持っているのか?
 しかし、思うのである。そういう人は、大体自惚れて勘違いしてしまうので、芸術的に追求できない。自分が少し書くだけで周りがもてはやすために向上できない。名声の犠牲者である。お釈迦様の言うように、自らを燈明として犀の角のように独歩することの尊さは、彼等には望めない。芸術を追究するのであれば、名声はむしろ邪魔だ。彼等には、そのような本格的な芸術性が与えられなかった。ただ、人気者であるだけであり、中味は空ろなのだ。
 もし世の中が正しければ、自分の作品は芸術作品として認められるに違いないという確信を持って創作するとき、その人はもはや名声を追っていない。人間だから、人気者になりたいかも知れない。しかし、人気者はうつろなものだ。本当に素晴らしいものを創りたいのであれば、人気は犠牲にしなければならない。そのような犠牲の上にこそ、真の芸術性が生まれる余地があるのだ。
 妻に言いたい。人気が得られないのは、ハングリー精神を保つような不遇を、神仏が恵んでくれているのだと。その方が、真実の芸術を生み出すためには、整った環境なのだと。
posted by Pearsword at 17:58| 富山 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月02日

しばらくぼうっとしたい。

 空華文学賞の選考も終わり、一息つけると思いきや、「空華」の締切りが迫っていて、すこしも安らぐ暇がない。
 僕は、年金生活者ではあるが、毎日多忙である。もう少し、ゆったりと過ごせないものかと、自分でも思うのだが、ゆったりしている時間があったときには、何かいろいろなことを始めてしまうので、そのような時間が長く続かない。のんびりと無為に過ごすことが出来ない質なのだ。
 そもそも、何もしないでいることが楽しいとか素晴らしいとか思えないのだけども、それでものんびりしたい。のんびりしたら何をするかというと、例えば読書であったり、絵画鑑賞であったり、山登りであったりする。つまり、すこしものんびりしていない。そのうえ、このように感動
を催すような行動を取ると、付随的に芸術活動もしたくなってくる。絵も面白いけども、僕の場合やはり執筆したくなる。
 だから、僕は暇な時間があまり持てないような作りになっているのだ。
 それにしても、この猛暑とコロナ禍の中の多忙はキツい。もとより、クーラーを付けて家に閉じこもっているのだから、猛暑とコロナ禍は関係ないというかも知れないが、気分的に重しを乗せられているようで、どうにも辛い気持ちになる。そのうえ、このところの政界の醜態の露見。もう、世の中大丈夫なのかと、さすがに遅れた世紀末を危ぶむ限りである。
 しかし、コロナ禍のお陰か所為か、月例の同人の勉強会とドイツ語の読書会が無くなったので、少しは楽になった。気忙しいのは変らないのだが、仕事は減った。せめてお盆にはゆっくり出来る日を作ろうと思ったりする。
 お盆には、104歳の祖母にも挨拶に行くつもりで、もう認知症で顔も判らないかも知れないが、今まで散々お世話になってきた人なので、最後まで暖かく見守ろうと思っている。また、お盆には御墓参りをするので、妻と二人しずかな気持ちになってこようと思う。
 本当は、八月には海にも行きたかったし、山もまた登るつもりでいたが、猛暑とコロナ禍、サル痘流行りなどで、取りやめになった。最近の夏はとても難儀である。行楽シーズンなのにすこしも行楽地に行けない。
 少し前に、上高地に行こうと企画していたのだが、コロナの第七波が来て取りやめになった。昨年は、同じくコロナの第何波かで、立山登山を中止していて、それが今年に出来たために、上高地も来年以降行けるだろうと見越しているが、それでもこの不自由な状態は、マスクが無くてもいいかげん息が詰まってくる。
 うちの病院の主治医もコロナに罹ってしまって、しばらくして復帰したが、それはバイデン大統領やジョンソン首相と変らないので、コロナも罹ったら終わりというわけでもない。しかし、医療崩壊しそうな現状で、最先端治療が受けられる可能性が低く、やはり力の無い障害者としては、極力罹らないようにしなければならないのだ。
 そのように、さまざまな因子が絡み合い、しばらく、何もかも忘れて、ぽうっとしたいのだ。座禅でもすれば良いのかな。 
posted by Pearsword at 16:54| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月19日

虚しさと執筆。

 ここのところ、いわゆる陰性症状というものにやられてしまって、全くやる気がもてない。この症状は、何もする気が無くなり、生きるのに疲れたようになる。何か起こって死んでも仕方ないかなとか、思う状態である。無気力であり虚しい。妻がいるから、その虚しさはだいぶん和らいではいるのだが、それでも全く無くなることはなく、精神の骨が軽石状にぼろぼろに朽ちているような感じである。いくら妻の愛で浸しても、力が入らない。
 陰性症状というものを、薬の副作用であるとする説があるが、僕は中学二年の時に初めて、このような死にたいほどの虚しさに襲われており、そのときはもちろん、まだ精神科に掛かっていなかったし、薬も飲んでいなかった。その虚しさの数段酷いものに、結婚前には見舞われており、どう考えても病気の症状としか思えない。健常者には判らないだろうが、理由もなく辛いのである。何をしていなくても存在が虚しくて辛い。症状が改善したときに判るが、健常なときは何をしていなくても楽しいのだ。それが人間というものなのか。
 それでも、書くことだけは意欲がもてる。読むことよりも書くことに、楽しみを感じられる。小説もなかなか上手く書けないのだが、このように何か内容の無いものでも書いていたら、だいぶん楽になるような気がする。文章の一言一言が創造で、ワープロを打つのが楽しい。ブラインドタッチを学んだのは四十路になってからだが、この技術が楽しく感じられる。
 コンピュータというのは、文章作りを面白くする機械だと思う。たしかに、肉筆の文章も面白いのだが、ワープロで書くと安易に完璧な文字に変換できる。簡単に完成品にできる。肉筆は、字が汚い僕などは、書き上がったのを見ても、美しさを感じられない。フォントは、機能的に考えられているためか、読みやすい上に字面が美しい。ひらがなの字並びが美しく感じるようになったのも、コンピュータのフォントを眺めてのことである。作文は、視覚芸術的な側面もあるのである。
 そのうえ、コンピュータの文章はいくら書いてもすぐ消すことが出来る。積み木のように、積み上げては崩し、積み上げては崩し。そのような幼児的創造練習をすることで、僕はこころが癒やされていくのかも知れない。執筆は、創造と破壊の繰り返しで成っているのだ。
 小説の美しさの一つとして、文章の視覚的ならびがあるとすれば、やはり活字化は小説家にはなくてはならない手順だろう。小説は、概念的に存在すると思いきや、やはり物質的な文字という視覚対象にて存在するのであり、その文字並びの美しさが、小説の印象を変えるものであるならば、小説は活字化せねば充分に完成しないのかも知れない。
 さらにいえば、製本すると小説の作品としての実体感が増して、僕などはとても嬉しくなる。小説は本にしてこそ、作品として完成する。ネット小説は、完成感がない。いつでも書き換えられるところが、その軽さを助長している。紙に印刷すると、二度と改変できないところが、小説を実体化するのだろう。そのような実体としての本を見ると、僕の虚しさも少しだけ和らぐ。
 なんだかんだ言って、虚しさの大きな原因の一つは、誰にも読まれない小説を一生懸命書いていることにあることは間違いない。しかし、僕は病気が辛くても、このように書き続けるだろうし、製本して自室の書棚に並べることだろう。自分の作品は、自分で読み返しても面白いし、本として存在することが、とても喜びになる。
 どうもとりとめのない雑記になってしまったが、やはり執筆はやめられない。
posted by Pearsword at 17:49| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 迷い言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月09日

雄山 3003m。

946BAAE6-FC26-4144-B714-78E6710A6A22.jpeg 妻を一度立山に連れて行こうと思っていたのだが、コロナ禍の中なかなか実行できずに今年になった。コロナの第七波も始まりつつあったが、今のうちに行けばなんとかなると、人混みも割合少ない平日の金曜日、立山登山を敢行した。
 室堂までは、以前雪の大谷を見に行っていたので、妻も来たことがあった。立山道路の道沿いに、途中ニッコウキスゲが咲いていたが、前日よく眠れなかったらしい妻は寝ていて、あまり見てくれなかった。
 室堂到着8:30。すぐに登山口に向かう。室堂には、チングルマやミヤマキンポウゲなどの高山植物がたくさん咲いていた。
 室堂から立山三山を望み一の越に向かうと、早くも雪渓が道を遮っていた。まだ雪がたくさん残っていて、何度も雪渓をまたぐ。ここまで雪が多いと思っておらず、正直バテた。雪渓の切れ口で何度か休み、10:00に一の越につく前までにすでに息切れしてしまった。脚も力が抜けたよう。朝飯が足りなかったか。妻の方が元気だった。
 一の越で休憩したときに、持っていったフルーツをしこたま食べると、脚に力が入るようになった。気を取り直して登っていく。妻は、初めての3000m級、怖がって景色を見ない。精神が弱いので少し高所恐怖症的である。それでも頑張ってのぼってくれた。
 途中、どこかで見た人とすれ違ったと思ったら声をかけられて、登山の先輩のAさんだった。なんでも今年で81だそうな。僕らもあやかって、健康を保ちたいものだ。
502688B3-4155-47CD-9555-EE5B3631AC2E.jpeg 頂上到着11:30。しばらく、Aさんと話したあと、お祓いをしてもらいに頂上へ。障害者手帳で、半額にしてもらった。ありがたや。頂上では、妻はお祓いのあと、お御籤を引いた。中吉だったようだ。
 そのあと、大汝山に行く余裕はなく、山小屋のそばでラーメンを二人分調理して食べた。なんだかんだ言って汗が多く、しょっぱいものが美味しかった。
 下山開始12:40。下山ルートはとても整備されていて、ほとんど滑らなかった。階段が丁寧につけてあった。業者の方、ありがとう御座います。
 妻は、熱中症にかからないように、多くの水分を取って降りた。一の越からは、雪渓が多くて涼しかったこともあってか、室堂まで普通に下山できたが、15:00に室堂に着いたころから、妻が頭痛を訴え始めた。熱中症を危惧する妻は、バスの中で酔って気持ち悪くなったが、頑張ってケーブルに乗り、何とか立山駅まで堪えた。駅まで着いて、マイカーに乗ると安心したのか酔いが収まり、元気になった。
 帰りは吉峰で汗を流した。
posted by Pearsword at 17:45| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月18日

「クロイツェル・ソナタ」レフ・トルストイ著

 トルストイの著書を未だ読んだことがなかったので、ひとつ読んでみた。
 この著書は、ポズヌィシェフという病的な外見の男の独白で、話の半分以上が占められている。独白がずっとと続くので、途中単調に感じ飽きが来るが、終盤ミステリーのように、何が起こったのかに興味がそそられて、一挙に読み進むことが出来た。
 ポズヌィシェフは、自分の妻に対する思いの回想を、すべての男性あるいは人類に当て嵌めて、男は欲望の塊であるかのようなことを言う。一種のフェミニズムにもとれなくもないが、女性が男性を誘惑する現実に関しても、女性の非を唱える。人類の目的が、清らかな愛であることを実践するためには、性欲は安全弁であるとして、性欲がなくなる日に、人類の目的が達成されるというような考え方をしている。
 一瞬、トルストイ自身の考え方を、ポズヌィシェフに代弁させているだけのように思えたが、ポズヌィシェフは、妻を殺すに至ったかなり偏屈で奇怪な性格の持ち主であり、作者からみても偏った思想を持っていたのではないかと思われる。
 ポズヌィシェフが妻を殺したのは、バイオリン弾きのトルハチェフスキーとの浮気現場を見たからで、その嫉妬に駆られて殺した。しかも後悔した。この後悔にはおおまかに二つの要素があって、一つは妻への愛着、一つは殺人の罪悪感、である。前者において、僕はポズヌィシェフは夫婦げんかばかりしていたが、実は妻を必要としていて、不器用だが愛してもいたのではないかと思った。しかし、愛というものをもっと聖正な美しいものとする人は、そのようなことがないと言うだろう。ポズヌィシェフ自身も、愛について肉欲でしかないと言っているが、それは彼の自我の未発達なところだろう。人間全体としては、喧嘩を繰り返しながら、肉欲の対象としてではなく、妻を精神的にも愛していたに違いないと思うのである。なぜなら、若いときに放蕩していたおりには、不倫相手にはそのような独占欲が湧かなかっただろうに、妻に対してはほかの男に譲りたくなかったからである。肉欲の満足だけであれば、妻をトルハチェフスキーと共有しても良かったのである。
 その実、妻とトルハチェフスキーの浮気が本当かどうかは判らない。しかし、夜中にほかの男と会うこと自体が、確かに浮気じみたことであり、殺すのは違うにしても、妻を疑わしく思うのは仕方の無いことなのかも知れない。しかし、ポズヌィシェフは妻を殺してしまうのだ。回想では、憎しみの怒りの爆発に快感を覚えたようなことが書かれているが、しかし殺人に至るまでの心境が、かなりの思い切りを以て変化したように書かれていて、そこは非現実を現実にしたようなありえない創作的心理描写だったのかも知れない。しかし、殺人を犯すためのかなり高い壁を飛び越えた。
 クロイツェル・ソナタ自体に関しては、男女を誘惑して不倫に駆らせるような音楽と書かれていて、妻がトルハチェフスキーと浮気したのは音楽の所為だとしてあるが、それはむしろポズヌィシェフの妻への思慕から来た善意的解釈なのかも知れない。いずれにせよ、素の女性に対して、男性の欲望を満たす玩具として躾けられる現状を憂い、好意的に書かれているようなのは、たぶんポズヌィシェフの妻に対する愛情の表れのような気がする。ポズヌィシェフは、不器用ながら女性としての妻を愛していたのではないだろうか。
 愛とは何か、さまざまに考えさせられる作品であった。
posted by Pearsword at 06:49| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文藝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月16日

金剛堂山 1637m。

DSCN1351 修正.JPG 昨年も妻を連れて登ったが、金剛堂山の神にコロナ禍の自粛を命じられたか、長年愛用していたダナーの軽登山靴のラバーが左右とも剥がれ、リュックの物を結わえる紐で括って、片折岳から引き返した経緯がある。今年は、別にリベンジを目指したわけではないのだが、ほかに適当な山を思い付かなくて、また懲りずに金剛堂山に登りに来た。
 登山口9:00に出発するも、初めの1kmの標柱までの急登に、妻がへばってしまって10分おきに休みを取って行った。ようやく1kmにつき、平坦な道をしばらく歩くと、また葛折りの急登に差し掛かり、夫婦共々へばりつつもなんとか2kmまで到着。だいたい9:45くらいに着いただろうか。そこから片折岳までまた喘いで、その後はしばらく下りで3km通過、ここまでは僕も元気に歩けた。そのあとあれだと見える峰を目指して、急登も交えて登り行く。このあたり、雨上がりだからかやたらと虫が集って、10匹は虫を食った。へばりつつも、4km通過。そのあと、降りてくるハイカーに出逢い、あと頂上までどれくらいですか? とか訊くと、ここからだと、結構ありますよ、坂も結構キツいし、とか言われ、目の前に目的としてきた峰が見えているのに、かなりガックリとくる。このあと一時間登りかという思いが、両肩両足にずっしりとのしかかり、目的としていた峰までの最後の坂も、かなり脚が重くなった。見るに見かねたか、妻が元気に先に立って、峰のちょっと前まで登って僕を待った。そこまで歩くと、かなり息が上がり、この峰のさらに上があると思い込んで、しばらくそこで休憩した。虫だらけの休憩だったが、人心地着いて気を取り直してのぼったら、すぐ先に前金剛の社が建っていた。
 すっかり騙されたと思ったが、神の救いとも感じた。一時は、こんなにへばってしまって、下山もあることで、引き返そうかとも考えた。しかし、4kmも通過したし、もう少しという頭があったので、頑張ったら頂上に着いたのだった。精神的に限界を試された山行であった。また、脚力がかなり落ちているのも実感した。七月には妻を立山に連れて行くつもりだが、途中でへばらないようにこころして行かねばならない。
 体力の衰えは、歳の所為もあるが、むしろコロナ禍による外出自粛が利いている。健康パークもマスク着用義務だし、まともに運動出来るところがないのだ。かと言って、僕の実力では、月一程度の軽登山が関の山だ。しかし、体力の衰えは深刻なので、今後は対策を考え、なるべく長く健康を保つ努力をしたいと思う。
 頂上は、12:00ちょっと過ぎに着いた。ほぼ3時間である。あれだけのろのろ登山でも、3時間で着いたのは驚きと言うべきか。まだまだ標準タイムで上がれるのは嬉しいことだ。あいにく頂上は曇りで展望が悪かったが、13:00まで昼休憩をしてラーメンやコーヒーを味わった後、下山を開始した。下山は、僕に輪を掛けて妻が苦手なため、ゆっくりゆっくり降りて、登山口15:30到着だった。
 帰りは、天竺温泉で汗を流した。
 妻よ、よく頑張った、ありがとう!! お疲れさま。
posted by Pearsword at 20:27| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月08日

「大伴家持」岩倉政治著。

 高志の国文学館で展示されていたのを立ち読みしたら、けっこう面白い書き出しだったので、図書館で一冊借りて読んでみた。
 初めは、歴史小説とは思えない恋愛劇が、叙情豊かに描かれている。この調子で最後まで恋愛小説に終始するのかと思いきや、次第に小説は歴史的政治の舞台に巻き込まれていく。それは、あたかも一人の男の興味対象が、若い頃から中年に至るまで変遷していくその心情をそのまま描いたかのような、人生全体を俯瞰するような効果を齎している。
 実際、この小説の中では、家持はまごころを歌道を通じて惟るばかりに、女性ばかりに情熱を燃やしていた。それが、失恋や別離を通じて、女性への情熱が外のものに向いてくるのだ。官吏として取り立てられると、中央政府の覇権争いを苦々しく思いながらも、やがて、どうすることもできずに逃れたような形で、越中に赴任になる。
 越中でも、家持はまごころという真を政治に持ち込もうとしたためか、礪波の反逆児志留志を手懐けてしまう。そのように、形は変われど家持は真のこころを愛した人として描かれている。
 任期を終えて京に帰ると、政権争いのしがらみが待っている。家持は、奇しくも万葉集の編纂の役割を与えられ、そのために集めた防人の歌などに、人間の真の声を見る。そして、政府ではなくそのような歌の編纂に、家持の真の魂を遺そうとする。
 じっさい、万葉集の編纂の苦労は描かれておらず、読者の想像に任せられることになるのだが、それにはすでに想像の材料を与えられていて、万葉集が家持の魂だというふうに、少し惟ると浮き彫りになるように描かれている。その辺は非常に技巧的あると言える。
 ただ、作者の力が、越中赴任中までの家持の描写に注がれており、橘奈良麻呂の乱も非常に重要な事件であるため、その辺の家持の心情も、もう少し丁寧に描いたら、長くはなるがもっと完成度の高い小説になっていたのでは、という気がしてならない。
 また、特に最後の方は、長歌や短歌が頻出してくるため、僕のような無学のものには意味が掴みにくい。そこはやはり、現代語訳を付けるとか、あるいは訳して書くとかしないと、着いていけない読者も多いような気がする。
 大々的なテーマとしては、政治にはまごころがなく、それを守るためにこそ文学があるというような、ざっぱりと藤原氏と万葉集の関係を見ることが出来、そのようなことは現在の政治と文学にも言えることであるために、プロレタリア文学系の著者としては、格好のテーマであろうか。逆に言えば、プロレタリア文学系であるがために、万葉集を家持のまごころと解釈するのかも知れない。この万葉集の捉え方が、そのまま岩倉さんの文学の捉え方であり希望なのかも知れない。家持は、未来の人のために、万葉集に農民や防人など、庶民の声を歌として遺すことに、自分の精神を刻み込んだのだ。その渾身の歌集が、1300年余り未来の現代まで残っているということ自体が、文学の価値を立証しているのだ。
 岩倉さんは、郷土の大先輩でもあるので、ぜひ蔵書に一冊買おうと思った。
 
posted by Pearsword at 18:02| 富山 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文藝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月31日

第三十四回文学フリマ東京。

IMG_2907.jpg 今回、はじめて春の文学フリマ東京に出ることになった。今までは、何かが罣礙してかならず春の文フリ東京に出られなかったが、今回はようやく念願の出店を果たした。
 しかし、終わってみれば販売総数28冊と、それほど好調な売れ行きではなかった。コロナ禍による客足の遠のきが少し戻り、文フリ全体の客数は5000人を越えたらしいが、僕らのブースは販売数が去年の秋よりは伸びたものの、そんなによく売れたわけではなかった。コロナ不況による客の懐事情が関係しているのかも知れない。
 今回は、妻の藍崎に売り子を譲った感じで、僕は釣り銭管理に追われたのだが、その方が客受けがいいかもしれないということもある。しかし、「空華」があまり売れずに「サリエリの庭」ぱかりが売れたのは、彼女が率先して勧めたわけでもないのだけども、やはり売り子として実際に話した人の書いたものを読みたくなるという客の心情からかも知れない。
 僕は、ばっくれてしばしば会場に遊びに回った。いろいろな方々に御挨拶をしてきてそれなりに楽しめたのだが、やはり自分の書籍があまり売れなかったのは、意気消沈の原因になる。これだけ書いても、あまり読んでくれる人がいないという事実は、すくなからず僕の虚しさを喚起する。読まれるから書き甲斐があるのに、こんなにも読まれないのでは、さすがに嫌になってくると言うものだ。
 僕は、空華文学賞の選考をやっているが、自分が読むばかりで、僕の作品を読む人の少なさと言ったらない。アマゾンでもほとんど売れない。そんなにつまらない作品ではない自分では思うのだが、人気は水物だろうし、僕は嫌われ者だ。なかなか誰も読んでくれない。そんな愚痴を垂れていても、何も解決しないのだが、まわりを見て思うのは、やはり本当に面白いものが選ばれるわけではないと言うことだ。面白そうなものはまだ選ばれる可能性があるが、つまりは売り子や書き手のイメージがかなり優先的に影響してきて、人柄の良い人とか美人とかは、何をしないでもちやほやされる。僕らは、ただでさえメンヘラで対人関係が苦手なので、その点かなり不利である。どうにか、書き手としてのイメージアップを図らない限りは、なかなか売れないだろう。
 とはいえ、文フリはそこそこに、東京を楽しんできた。
 一日目は、駐車場が予約できる宿と言うことで、ホテルモントレ半蔵門に泊ったら、その近くにあった東京ガーデンプレイスという美しい街に行くことができ、そこのラ・プレシューズという行列のできるケーキ屋で、ビスタチオマカロンとフルーツタルトを食べることが出来た。東京に住んでいたとしてもなかなかこんなことはできない。帰りの日には、地下鉄で神保町に行って、古本を見てきた。月曜休みのところが多くて、妻の目的のカバラの本は見れなかったが、澤口書店というところで、妻はモーツァルト関連の本、僕はシュールレアリスム芸術の本を買うことができ、とても東京を満喫できた。文フリも目的ではなく上京の口実や契機となってしまっている状態である。
 次は秋の東京だが、それまでにはネットを使って、もうすこしイメージアップが出来ないか、努力するのみである。
 

posted by Pearsword at 14:43| 富山 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月06日

大辻山 1361m。

DSCN1346.JPG 今年はまだ妻を山に登らせていなかったし、自分自身そろそろ山が恋しくなってきたので、鈍った体力でも確実に登れそうな山を選ぶことにした。ネットで見ると、今年の大辻山は、すでに登山口まで車で行けるという情報を得たので、冬は車道が長い山だが、地面が出ているならと判断して、大辻山に登ることにした。
 実は、大辻山は夏道は初めてで、以前登山会の山行で冬に自然の家から歩いて登ったのと、夏に石川労山の研修会で白岩川の源流の沢登りを途中までしたのと、二回しか登ったことがなかった。僕も初めての山行になる。
 車は、自然の家を越えると、車道に落石がごろごろ落ちていて、以前有峰林道で落石を踏んでパンクさせた経験のある僕としては、慎重に避けながらゆっくり走って行った。途中、左手に白い美しい雪峰を輝かせているのが見えるのは、たぶん鍬崎山か。かなり壮観だ。しかし、道はしだいに杉葉に覆われてやわしくなってくる。ときおり対向車が来るので、まだ行けるのだろうと進むと、やがて着いた駐車場はスペース満車で、10台以上停まっている。あぶれた車は、道路の路肩に停めているので、僕らもそれに倣う。あとから考え合わすと、半分くらいは長尾山に登ったものと思われる。
DSCN1343.JPG 降りて用意して、9番の看板の登山口まで歩く。登山口8時。登り始めは急な木枠の階段である。登っていくと、ひさしぶりの自然は、ショウジョウバカマがとても美しく眼に映った。楽しんでいこうと考え、それを写真に撮ると、すぐさきにイワウチワがあった。感動して写真に収めて進んでいくと、イワウチワの群生があちらこちらに。このような群落は、今までじかに見たことがなかったので、久しぶりの山ということもあり、いたく感動した。山の神様ありがとう御座います。
 そのあと、奥長尾山で休憩したら、早くも妻はバナナとドーナツを食べた。妻よ、登山して余計太ると意味がない。そのあと下って登ってを何度か繰り返し、7番看板の前の洞穴のある木のたもとでまた休憩する。10時半くらいだったか。もう少しだとは思うが、久しぶりであることもあり、なかなかいい汗を掻いている。僕自身はまったく辛くはなかっだが、妻はけっこう大変そうだ。そこから、しばらく登って、9番の峠に来た。分岐点があった。この左の峰には行ったことがない。今日はたぶん寄る暇は無いだろう。
 そこから10番11番と看板を見て、11:30頃頂上に着く。頂上は、後の方だけ雪が残っていたが、前面は乾いた土が出ていた。枯れた丸太の上で座り、あまり腹が減っていなかったので、妻とおにぎりを一つずつ食べる。折角水を2L持って来ていたので、せめてものコーヒーを淹れた。今回は、以前三千坊山で妻に好評だったプレスを持って来た。油分と豆の細かい粉のためにかなり深いコクで、絶景の感動を一層引き立てた。絶景とは言え、僕は慣れたものだったが、妻はいたく感動したようだった。富山に来たからには、妻に少しでも山の楽しみを分かち合いたい。そういうことが少し出来ているようで嬉しかった。
 12:10下山を開始して、今回はそれほど妻を無理させずに、無事降りてくることが出来た。登山は、やはり余裕をもってやらねばならない。下山が安全にできるように登らなければ、自分一人ならばどうにでもなるが、妻は危険な目に遭わせられない。
 下山完了、14時頃。とても満足できた登山でした。 
posted by Pearsword at 21:00| 富山 | Comment(0) | TrackBack(0) | 山行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月30日

文藝同人誌プチマルシェ意見交流会。

 令和4年4月29日、コロナ渦で順延されていた意見交流会が、高志の国文学館にて行われた。
 県内の文学同人が参加する会で、僕はパネラーとして招かれた。他にパネラーは、素粒同人の若栗清子さん、寒潮同人の平譯宏修さん、7'Libraryのななさん、みなそこすなどけいの笠木拓さんで、座長として黒部短歌会の上田洋一さんを迎えて行われた。アドバイザーとしては、歌人の黒瀬珂瀾さんが招かれた。
 自己紹介の後、座長がパネラーに質問する形式で意見交流会が進められ、若栗さんが文学同人の在り方として、合評会のほうがカクヨムなどのネット小説よりも辛辣に批評を受けるために、切磋琢磨できるのではないかということに対し、笠木さんがネットもアナログも使い方次第で変わるので、そのような区分けをしない方が今の時代に応じたやり方だというようなことを言ったのが、印象に残った。
 上田さんが、文藝春秋も100周年を迎えたが、初めは菊池寛の興した同人誌だったという事実を挙げ、黒瀬さんは同人誌は中央集権的な文学に対抗した地方文学としての、あるいはオルタナティブなものとしての価値観であるという位置づけを提唱した。中央の文学がすべてではなく、自分独自の文学を発信する、そのような運動としての同人誌文化というものについて考察した。
 後半は、懇親会と言うことで、観客のほうからの質問コーナーもあり、文学同人誌を売るのにいい方法がないかという点についてや、文学にどれくらいのウェイトを掛けて書いているかということなどを、みなさんで話し合った。
 感想としては、それほど驚くような意見も聞くことは出来なかったのだが、当同人の空華も、うまくやれば文藝春秋のようにメジャーになる可能性がゼロではないということを感じた。ただ、文藝春秋になってしまうと、中央集権的な文学になるため、同人誌の機能が損なわれ、やはり一つの価値観だけを肯定することになるため、現代の文壇と同じことを行ってしまうことになる。このような権威を無くすためには、文学の多様化を行わねばならず、そのためには一つの同人誌を有名にするのではなくて、同人誌文化そのものを宣揚していかねばならないと言うことにも成る。
 空華文学賞のような同人誌の賞が増えたら、さまざまな文学が活性化されるようにも思うが、現状はまだまだ厳しい。どうしても中央文壇が力を持っている。僕はあまり地方文学という風なことを考えたことがなかったが、僕らは精神障害であることもあり、かなり辺境の文学を書いていることになる。そのような意識をもって、マイノリティとして文学を発表し続けることが大切なのだろうと思った。
 今後もこのような意見交流会を催して戴きたく思う。
posted by Pearsword at 08:02| 富山 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 浮泡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする